伊藤博文も訪れた鰻松で鰻重と、きも大和煮 / 神奈川 横浜市金沢区 1868年創業 (明治元年)

三浦半島の東側に位置する横浜市金沢区。古くは武蔵国倉城郡(後に久良岐郡)に属していて荘園・六浦荘(庄)が開かれ、鎌倉期には金沢流北条氏により金沢文庫が創設され、六浦湊の港町が栄えました。古来より砂鉄を産して“かねさわ”と…

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都内最高のロケーション!、山の茶屋で鰻懐石 / 東京 永田町 1849年創業 (嘉永2年)

千代田区永田町は、国会議事堂を中心に総理大臣官邸・同公邸・両院議長公邸・諸政党本部等が立地し、離接の官庁街・霞が関と共に日本の国家機能の中枢であり、政界の代名詞といえる場所。江戸初期に永田姓の屋敷が並んでいて一帯が永田馬…

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神田明神下 喜川のお取り寄せ鰻、凄く美味しいよ / 東京 外神田 1896年創業 (明治29年)

江戸時代の江戸府内からみて神田川(外堀)の外側であったことに由来する千代田区外神田は、江戸時代初期に武蔵国豊島郡芝崎村(現・千代田区大手町)から神田台(現・千代田区神田駿河台)を経て遷座してきた神田神社(神田明神)の鳥居…

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赤坂 重箱の閑静な個室で、最高のウナギを頂く / 東京 港区赤坂 1800年代前半創業

赤土が多く坂が多かったからなど複数の地名由来説がある港区赤坂。江戸時代には江戸城赤坂御門(見附)が築かれ、明治以降は都心部有数の邸宅街となりました。やがて花街が生まれ料亭等が建ち並び、放送局が開局、飲食店やナイトクラブ等…

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うなぎ久保田のオイリーな肝焼きが最高だった! / 東京 外神田 1897年創業 (明治30年)

江戸時代の江戸府内からみて神田川(外堀)の外側であったことに由来する千代田区外神田は、江戸時代初期に武蔵国豊島郡芝崎村(現・千代田区大手町)から神田台(現・千代田区神田駿河台)を経て遷座してきた神田神社(神田明神)の鳥居…

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土門拳が日本一と書いた美國屋のウナギは、確かに美味しかった! / 東京 日本橋 明治中頃創業

江戸時代に日本の道路網(五街道)の起点として、日本橋川に架けられた日本橋を中心に交通の要所となった中央区日本橋。江戸を代表する大商業地として賑わったこの街は、日本銀行本店や東京証券取引所などが立地する日本を代表する金融街…

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うなぎ藤田で、浜名湖からやってきた美味しい鰻を頂く / 東京 日野市 1892年創業 (明治25年)

東京都多摩地域南部の日野市は、かつては甲州街道5番目の日野宿が置かれた、農業を主体とした宿場町。地名由来には、武蔵国の国府(現・府中市)の烽火(ほうか、のろし)台による飛火野転訛説・日野宮権現説等の諸説があります。幕末に…

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いちのやの、かば焼き3枚入りの大うな重が最高でした / 埼玉 川越市 1832年創業 (天保3年)

埼玉県川越市は、平安時代に河越館を構えた豪族河越氏に由来。武蔵国入間郡の昔から武州支配の地理的要衝で、江戸時代に武州一の大藩であった親藩・譜代の川越藩は酒井忠勝・堀田正盛・松平信綱・柳沢吉保など大老・老中クラスの重臣や御…

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新宿 小ばやしで、リーズナブルなお昼の鰻丼を食べる / 東京 新宿 1905年創業 (明治38年)

江戸時代初期、信州高遠藩内藤家の下屋敷に甲州街道の新・宿場町として開かれて栄えた四谷内藤新宿(江戸四宿の一つ)に由来する新宿区新宿は、関東大震災後の東京西郊外の人口急増や昭和の大戦後の商業地復興に伴い発展してきました。渋…

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鮒與本店で、スモーキーな大人の鰻を食べる / 東京 板橋・蓮沼町 1919年創業 (大正8年)

北区に接する板橋区蓮沼町は、かつては一帯が中山道筋に点在する小集落だったようですが沼地だったことはなく、地名は現在の坂下・舟渡あたりの荒川沿いの湿地帯に由来するものと推測されます。都営地下鉄・本蓮沼駅が所在し、八代将軍徳…

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清水次郎長も食べた”あなごや”で、ブランド鰻 共水うなぎを食べた / 静岡 静岡市 1862年創業 (文久2年)

2003年(平成15年)に旧静岡市と旧清水市とが合併した静岡県庁所在地の静岡市は、葵・駿河・清水の3区で構成されています。江戸時代には、初期に徳川家康が駿府城を築城して大御所として君臨し、現・清水港(国際拠点港湾指定)が…

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ぎんざ神田川で、鰻キジ重ランチ。鰻とキジの両方食べられて超良い! / 東京 銀座 1870年創業 (明治3年)

江戸時代に置かれた銀貨幣鋳造所(銀座)に地名を由来する中央区銀座は、明治時代に文明開化を象徴する町として銀座煉瓦街が建設されて栄えてきました。現在の銀座8丁目付近で芸妓能楽師に因んで称された金春(こんぱる)芸者で賑わった…

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うなぎ両國で、肝の佃煮 “鰻きも佃煮”と”鰻重箱”を頂く / 東京 両国 1877年創業 (明治10年)

江戸時代初期に隅田川に架橋された大橋は、旧武蔵国と旧下総国とを結ぶことから両国橋と称されるようになりました。当時の両国は隅田川西側(現・中央区東日本橋)を多くは指し、東側の墨田区両国は向両国(むこうりょうごく)と称されて…

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うなぎ割烹 桜家で、名物の”うなぎ笹むし”を買って悶絶する / 長野 松本市 1920年創業 (大正9年)

長野県松本市は、戦国時代に小笠原氏の築城とされる松本藩 松本城(戦国時代は深志城)の城下町。市の中心市街地一帯は古くは湿地帯由来の深瀬郷(深志郷)・荘園由来の庄内等と称され現在も女鳥羽川を挟んだ北深志・南深志や庄内・本庄…

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関東うなぎの横綱 東の尾花と称される尾花の鰻は、ただ最高だった / 東京 南千住 1868年創業 (明治元年)

荒川区南千住は、江戸時代に品川・四谷内藤新宿・板橋と共に江戸四宿の一つとして栄えた千住宿(日光街道の江戸を発って最初の宿場町)が拡大して加えられた南宿(下宿)が起源。明治時代以降、隅田川の舟運と鉄道貨物基地の陸運を接続す…

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鰻と焼鳥の店 稲毛屋で、鰻と焼鳥の両方を食べて大変満足した話 / 東京 阿佐ヶ谷 明治時代創業

杉並区の阿佐谷地域は、桃園川の浅い低地だったことに由来。中世に阿佐ヶ谷氏一族が支配しており、伝統的にはJR駅名通りに“阿佐ヶ谷”と表記されていました。JR阿佐ヶ谷駅を境に阿佐谷南・阿佐谷北に分かれ、欅並木の中杉通りが南北…

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