武州しこめんの、胡麻タレ汁うどんを食べる / 東京 八王子 1920年創業 (大正9年)
東京都八王子市は、安土桃山時代に北条氏照が築城して神仏習合の神・牛頭天王(ごずてんのう)の8人の王子神・八王子権現を祀り“八王子城”と命名したことが地名の由来。徳川家康は交通要衝で軍事拠点であることから八王子千人同心を配…
続きを読む →東京都八王子市は、安土桃山時代に北条氏照が築城して神仏習合の神・牛頭天王(ごずてんのう)の8人の王子神・八王子権現を祀り“八王子城”と命名したことが地名の由来。徳川家康は交通要衝で軍事拠点であることから八王子千人同心を配…
続きを読む →豊島区北部の駒込は、旧・豊島郡駒込村(現在の文京区本駒込等を含む)が上・下に分かれた内の旧・上駒込村が前身です。地名は、原野に駒(馬)が込む(群がる)意味であるや、古代に東征した日本武尊が布陣し騎馬武者等の集結を“駒ごみ…
続きを読む →島根県東部の雲南(うんなん)市は、2004年(平成16年)に県下9番目で最も新しく発足した市。総面積は県全体の8%強で大半が林野です。市名は旧・出雲国の南部であり、合併前の3郡が以前から雲南三郡と称されていたことから命名…
続きを読む →台東区北部の下谷地域で入谷・千束(旧吉原)等に隣接する竜泉(りゅうせん)は寺院・住宅や店舗・業務ビル等が混在している町です。慶長~元和(1596~1624年)頃に創建された龍泉寺の所領で龍泉(竜泉)寺村と称されましたが、…
続きを読む →墨田区江東橋(こうとうばし)は、JR・東京メトロ錦糸町駅南口から江東区境までの町域です。南口駅前周辺は都指定の錦糸町・亀戸副都心の一部となっていて、駅ビル(錦糸町テルミナ)・東京楽天地ビル(旧江東楽天地)・ウインズ錦糸町…
続きを読む →埼玉県南西部の飯能(はんのう)市は入間川上流の渓口集落として発展した町で、地名由来には榛(はん)の木が茂る野で“榛野”転訛説・“萩野”転訛説・武蔵七党丹党の判乃氏居住説等があります。江戸時代は武蔵国西部の山間地帯と同様に…
続きを読む →台東区東上野は、江戸時代初期は葦萱茂る沼地が開拓され”黒鍬者(くろくわもの、戦国・江戸期の土木作業者)”拝領地・下谷黒鍬町でした。後に下谷山崎町から唐十郎の戯曲で知られる下谷万年町となり、江戸時代から大正期頃までは近隣の…
続きを読む →新宿区北西部の落合地域は、一帯を流れる神田川と井草川(現妙正寺川)とが落ち合う場所だったことが地名の由来。現在の町名は上落合・中落合・下落合・西落合に分かれています。江戸期には当時の合流点付近の落合土橋周辺が江戸名所図会…
続きを読む →浅草は、都内最古の寺である金龍山浅草寺の門前町として古くから栄えた街。江戸時代には多くの武士・商人や文人墨客などが浅草に集まって江戸文化を育んできました。明治になって六区画(一時期は七区画)の浅草公園となって、六区は劇場…
続きを読む →中野区沼袋は、神田川支流の妙正寺川によりできた低湿地帯・沼沢が由来。数百年前から田畑等として開墾されていた模様です。百観音と呼ばれている町内の名所である明治寺は大正初期までに政財界・民間からの寄進で境内に百体の観音像が建…
続きを読む →世田谷区等々力は、かつて多摩川対岸の現・川崎市中原区等々力も含む荏原郡等々力村でした。東京23区内で唯一天然の夏でも冷涼な“等々力渓谷”があり、東急電鉄・等々力駅付近の環状8号線下には、ゴルフ橋(かつての等々力ゴルフコー…
続きを読む →江戸時代初期から開発が進み、京都・室町に町名を由来するとされる日本橋室町。魚市場発祥の地でもあり、呉服問屋などが店を構えた江戸最大の大繁華街でした。大小の企業が立地するビジネス街の中に、老舗の飲食店や商店が数多く残ってお…
続きを読む →島根県の県庁所在地 松江市は、1607年(慶長12年)に堀尾吉晴が大橋川北側の末次の地に築城した際に中国・杭州の西湖畔“淞江(ずんごう)”に似た風景として、宍道湖を西湖に見立て命名されました。江戸時代は徳川家康嫡男系統の…
続きを読む →長野県松本市は、戦国時代に小笠原氏の築城とされる松本藩 松本城(戦国時代は深志城)の城下町。市の中心市街地一帯は古くは湿地帯由来の深瀬郷(深志郷)・荘園由来の庄内等と称され現在も女鳥羽川を挟んだ北深志・南深志や庄内・本庄…
続きを読む →長野県松本市は、戦国時代に小笠原氏の築城とされる松本藩 松本城(戦国時代は深志城)の城下町。市の中心市街地一帯は古くは湿地帯由来の深瀬郷(深志郷)・荘園由来の庄内等と称され現在も女鳥羽川を挟んだ北深志・南深志や庄内・本庄…
続きを読む →東京都八王子市は、安土桃山時代に北条氏照が築城して神仏習合の神・牛頭天王(ごずてんのう)の8人の王子神・八王子権現を祀り“八王子城”と命名したことが地名の由来。八王子市高尾町は、かつては神奈川県(後に東京府)南多摩郡浅川…
続きを読む →江戸時代に京都・大阪などから大店が進出して江戸を代表する大商業地の一つとして発展してきた日本橋本町には、多数の薬問屋があった名残で製薬会社の本・支店も多く、著名な飲食店・和菓子店・食品店などが数多く軒を連ねている東京の代…
続きを読む →青森県南部の太平洋に面する八戸(はちのへ)市は、江戸時代は八戸藩八戸城(現・三八城公園)の城下町。中心市街地(中心街)には三日町・八日町等の市が立つ日の名前の町が残っています。JR八戸駅周辺には史跡・神社や美術館・博物館…
続きを読む →荒川区の日暮里は、かつて新堀(にいほり)と呼ばれていました。江戸時代の享保(1716~1736年)頃から“一日中過ごしても飽きない里”の意味で“日暮里(にっぽり、日暮らしの里)”の字が当てられるようになり、1749年(寛…
続きを読む →※健康上の理由で20年7月22日をもって閉店されました。 江戸時代は武家屋敷町で、旗本の神保長治氏の屋敷があったことに由来する千代田区神田神保町。近隣の駿河台地区にかけて各種の学校や大学が集積していますが、それらの私立大…
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