魚重(うおじゅう) で、のどぐろフライとアジフライ/ 埼玉 川口市 1877年創業 (明治10年)
埼玉県南東部で南側が東京都足立区・北区と接する川口市は、1933年(昭和8年)の発足以降は近隣諸町村編入を繰返して2011年(平成23年)には旧鳩ケ谷市の編入合併を以て現市となっています。市名由来は不詳ですが、芝川と入間…
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続きを読む →兵庫県の南西部に立地する“たつの市”は、2005年(平成17年)に龍野市及び3町が合併して生まれました。龍野は、古代に当麻蹴速(たいまのけはや)と取り組んで角力(相撲)元祖とされ、殉死風習に代わる埴輪制度を案出した野見宿…
続きを読む →広島県安芸郡は、江戸時代は広島藩(安芸藩/芸州藩)領の広い地域で、明治から平成にかけて現在の呉市・江田島市等が離脱して今の郡域となっています。海田町(かいたちょう)は安芸郡の中心地として発展し古くは郡役所も置かれ江戸時代…
続きを読む →滋賀県南東部の甲賀(こうか)市は、東端が三重県・西端が京都府と接し、2004年(平成16年)に旧甲賀郡水口・土山・甲賀・甲南・信楽の5町が合併して発足しました。市名は旧郡の表音に倣って“賀”は“か”と清音で、甲賀の地名は…
続きを読む →東京都多摩地域北西部の青梅(おうめ)市は、東部以外は丘陵・山地で、市内を東流する多摩川の谷口集落がかつて青梅街道の青梅宿として栄えました。地名由来には“将門誓いの梅”伝説(平将門が天ヶ瀬の金剛寺で馬の鞭に使用の梅枝を地に…
続きを読む →山形県の庄内地方南部で、東北地方の市で最大面積である鶴岡市は、1924年(大正13年)に鶴岡町から市制執行した旧・鶴岡市が2005年(平成17年)に4町1村を合併して現市となりました。かつて鶴岡(古くは鶴ケ岡)は大宝寺と…
続きを読む →大分県南西部の竹田(たけた、田は濁らない)市は、1954年(昭和29年)に竹田町等の2町8村が合併した旧・竹田市が2005年(平成17年)に3町と合併して現市となりました。少年時に在住した瀧廉太郎が“荒城の月”の曲の着想…
続きを読む →神戸の地名は、現在の三宮・元町周辺が古くから生田神社の神封戸(じんふこ、租税・課役等の神社奉仕住民)集落“神戸(かんべ)”だったことに由来。中央区は、1980年(昭和55年)に葺合区(ふきあいく)とフラワーロード以西の生…
続きを読む →和歌山県南部の東牟婁(東牟娄、ひがしむろ)郡には、現在は那智勝浦(なちかつうら)・太地(たいじ)・古座川(こざがわ)・串本(くしもと)の4町と北山(きたやま)の1村とが属しています。太地町は、日本の古式捕鯨発祥地とされ古…
続きを読む →江戸時代初期に、樹林が繁茂していた酒井氏下屋敷周囲の町屋が森の下のようであったことが江東区森下の由来とされています。その当時は草深い三角州だった一帯を開拓し、深川の地名由来となった深川八郎右衛門が創祀した深川神明宮の鳥居…
続きを読む →足立区の千住地区は江戸時代には日光街道の江戸を発って最初の宿場町・千住宿で品川・四谷内藤新宿・板橋と共に江戸四宿の一つとして栄えました。北千住は駅名にのみ存在し、駅周辺の繁華街の通称となっています。現在はJR・東京メトロ…
続きを読む →江戸時代初期に隅田川に架橋された大橋は、旧武蔵国と旧下総国とを結ぶことから両国橋と称されるようになりました。当時の両国は隅田川西側(現・中央区東日本橋)を多くは指し、東側の墨田区両国は向両国(むこうりょうごく)と称されて…
続きを読む →長野県松本市は、戦国時代に小笠原氏の築城とされる松本藩 松本城(戦国時代は深志城)の城下町。市の中心市街地一帯は古くは湿地帯由来の深瀬郷(深志郷)・荘園由来の庄内等と称され現在も女鳥羽川を挟んだ北深志・南深志や庄内・本庄…
続きを読む →江戸時代には後に浅草裏手に移転するまでは吉原遊郭があり、その後は浅草に芝居小屋が集められるまで歌舞伎の中村座・市村座や人形芝居の結城座などがあった中央区日本橋人形町。人形を制作・販売する店が並び、人形遣いが多く住んでいた…
続きを読む →江戸時代には後に浅草裏手に移転するまでは吉原遊郭があり、その後は浅草に芝居小屋が集められるまで歌舞伎の中村座・市村座や人形芝居の結城座などがあった中央区日本橋人形町。人形を制作・販売する店が並び、人形遣いが多く住んでいた…
続きを読む →熊本市西区には、R熊本駅が立地し、海上の人工島には熊本都市圏と直結した物流港湾の熊本港があり、島原外港(島原市)ともフェリーで結ばれています。北部にカルデラ式火山の金峰山(標高665m)等の山々がそびえ、その南側を井芹川…
続きを読む →熊本市中央区は、熊本県庁・熊本市役所を始め諸行政機関が所在し、オフィス街や上通・下通等の商店街・繁華街が賑わう市の中心部です。西部には熊本城、南東部には水前寺公園(水前寺成趣園・すいぜんじじょうじゅえん)・上江津湖(西半…
続きを読む →中央区東日本橋は、江戸開府以来永らく交通の要衝として栄え、(当時の両国は隅田川西側を多くは指していたので)火除地の両国広小路(西広小路)が設置されて見世物小屋等が立ち並び賑わう歓楽街でした。明治時代までは薬研堀があり、江…
続きを読む →江戸時代には後に浅草裏手に移転するまでは吉原遊郭があり、その後は浅草に芝居小屋が集められるまで歌舞伎の中村座・市村座や人形芝居の結城座などがあった中央区日本橋人形町。人形を制作・販売する店が並び、人形遣いが多く住んでいた…
続きを読む →およそ400年前に県名の由来となった、東海道五十三次3番目の宿場 神奈川宿が設置された横浜市神奈川区。浦島太郎両親の墓があるとの伝説でも知られています。多くの買物客で賑わう市内最長の大口通商店街や、戦前から続く六角橋商店…
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