海老喜の、しょうゆ飴ちょうど良い塩気で美味い / 宮城 登米市 1833年頃創業 (天保4年)
宮城県北部で岩手県一関市と接する登米(とめ)市は、江戸時代は仙台藩一門(登米伊達氏)が治め、2005年(平成17年)に登米(とめ)郡登米町(とよままち)等8町・本吉郡津山町の合併で発足しました。古くは遠山町と称され、アイ…
続きを読む →宮城県北部で岩手県一関市と接する登米(とめ)市は、江戸時代は仙台藩一門(登米伊達氏)が治め、2005年(平成17年)に登米(とめ)郡登米町(とよままち)等8町・本吉郡津山町の合併で発足しました。古くは遠山町と称され、アイ…
続きを読む →千代田区神田須田町は、元々は神田川沿いの砂州に開かれた農地の洲田に由来します。江戸時代から神田川・日本橋川などの運河に挟まれた交通の要所で、明治以降も昭和後期頃までは日本橋・上野方面への都電(旧東京市電、路面電車)ターミ…
続きを読む →新潟県中央部の加茂(かも)市は、1954年(昭和29年)に南蒲原郡加茂町が同郡下条村を編入して市となり、同年及び翌年に中蒲原郡2村を各編入して現市域となって、市域は東西に細長く三方を山に囲まれた市街地を加茂川が貫流してい…
続きを読む →日本海に面して新潟県最北・最東の市である村上市は、豊臣政権下の村上氏治世以降、江戸時代には堀家や複数の譜代・親藩大名を経て内藤氏の村上藩で村上城の城下町として栄えました。三面川(みおもてがわ)や伝統漁法“コド漁”の大川で…
続きを読む →石川県南部の白山(はくさん)市は、江戸時代は加賀藩領で、2005年(平成17年)に松任市と石川郡2町5村との合併で発足し、市名公募により名峰“白山”に因み命名され、面積は県内自治体で最大、人口は金沢市に次ぎ県内2位です。…
続きを読む →富山県西部の中心都市である高岡市は、2005年(平成17年)に旧・高岡市と1町とが合併して発足。江戸時代 1609年(慶長14年)に加賀藩主 前田利長が築いた高岡城の城下町として発展し、高岡は利長が築城・開町に際して“詩…
続きを読む →富山県西部の中心都市である高岡市は、2005年(平成17年)に旧・高岡市と1町とが合併して発足。江戸時代 1609年(慶長14年)に加賀藩主 前田利長が築いた高岡城の城下町として発展し、高岡は利長が築城・開町に際して“詩…
続きを読む →京都府南部(京都盆地東南部)で府内人口第2位の宇治(うじ)市は、古くから京都と奈良・東国とを結ぶ主要道が通る交通の要衝。地名由来には、東南北の山と西の巨椋池(おぐらいけ、豊臣秀吉が干拓して消滅)に囲まれた“うち”説・“莵…
続きを読む →徳島県の県庁所在地である徳島市は、江戸時代は蜂須賀氏の徳島藩の城下町。1585年(天正13年)に藩祖・蜂須賀家政(正勝・通称小六の子)が渭津(いつ)の地に築城した際に命名した徳島は、立地する吉野川河口三角州の“島”に縁起…
続きを読む →愛知県最北端(旧尾張・美濃国境)の犬山市は、1954年(昭和29年)に丹羽郡犬山町及び4村が合併して発足し、犬山城(国宝天守、2004年まで個人所有)や(野外)博物館明治村で知られている、“犬”が付く全国唯一の自治体です…
続きを読む →奈良県の中部から南部にかけての吉野郡は、現在は吉野町・大淀町・下市町・黒滝村・天川村・野迫川村・十津川村・下北山村・上北山村・川上村・東吉野村の3町8村から成っています。中部の吉野町は、世界遺産の吉野山の桜や役小角(行者…
続きを読む →長野県中西部の東筑摩(ひがしちくま)郡は、1879年(明治12年)の旧筑摩郡分割での発足時には松本・塩尻・安曇野各市一部を含んでいましたが、現在は山間部(筑北)の筑北(ちくほく)村・麻績村・生坂村と平野部(筑南)の山形村…
続きを読む →千代田紀尾井町は区西部に位置して港区赤坂・元赤坂と新宿区四谷に接しています。界隈はかつて清水谷と称され、現地名は紀尾井坂(旧清水坂)に由来。江戸時代には周辺一帯に諸藩邸が多く、旧清水坂の南側に紀州徳川家(現、清水谷公園・…
続きを読む →昭和初期に旧下京区から分かれた鴨川東側の京都市東山区では、祇園・宮川町などの花街や、四条河原町(中京区・下京区)や新京極・先斗町(中京区)に連なる鴨川・三条大橋周辺の三条京阪等の繁華街が賑わっています。 八坂神社・知恩院…
続きを読む →京都府南部(京都盆地東南部)で府内人口第2位の宇治(うじ)市は、古くから京都と奈良・東国とを結ぶ主要道が通る交通の要衝。地名由来には、東南北の山と西の巨椋池(おぐらいけ、豊臣秀吉が干拓して消滅)に囲まれた“うち”説・“莵…
続きを読む →茨城県西域の平坦な関東平野にある結城(ゆうき)市。古代より穀(梶、かじ)の木・楮(こうぞ)が生育し、“ふさ(麻)”・“ゆう(木綿)”の産地として“総(ふさ)の国のゆうき”と称され、かつて下総国最北端の結城郡でした。鎌倉期…
続きを読む →愛知県南東部(東三河地方)の豊橋(とよはし)市は、市中心部が中世から江戸期までは吉田と称され、江戸時代は三河国吉田藩の城下町として、東海道五十三次の二川宿(33番目、市内二川町・大岩町)に続く吉田宿(34番目)の宿場町と…
続きを読む →埼玉県川越市は、平安時代に河越館を構えた豪族河越氏に由来。武蔵国入間郡の昔から武州支配の地理的要衝で、江戸時代に武州一の大藩であった親藩・譜代の川越藩は酒井忠勝・堀田正盛・松平信綱・柳沢吉保など大老・老中クラスの重臣や御…
続きを読む →岡山市北区は、市域の過半を占める面積と最大人口の行政区で、岡山県庁舎・岡山市役所・JR岡山駅や県下最大商業地である中心市街地が立地し、県の政治・経済の中心地であって且つ中国・四国地方の拠点の一翼も担っています。旧城下付近…
続きを読む →東京都八王子市は、安土桃山時代に北条氏照が築城して神仏習合の神・牛頭天王(ごずてんのう)の8人の王子神・八王子権現を祀り“八王子城”と命名したことが地名の由来。八王子市高尾町は、かつては神奈川県(後に東京府)南多摩郡浅川…
続きを読む →