庄屋 忠左衛門の七味唐がらし / 長野 東筑摩郡筑北村 1839年にルーツ(天保10年)
長野県中西部の東筑摩(ひがしちくま)郡は、1879年(明治12年)の旧筑摩郡分割での発足時には松本・塩尻・安曇野各市一部を含んでいましたが、現在は山間部(筑北)の筑北(ちくほく)村・麻績村・生坂村と平野部(筑南)の山形村…
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続きを読む →静岡県庁所在地の静岡市は、2003年(平成15年)の旧・静岡市と旧清水市との合併で発足し、葵・駿河・清水の3区で構成されています。静岡の地名は、明治2年(1869年)に駿府(又は府中、現・静岡市葵区中心部)の改称に際して…
続きを読む →滋賀県中部で琵琶湖東岸の近江八幡(おうみはちまん)市は、1954年(昭和29年)に蒲生郡八幡町・4村合併で発足の旧近江八幡市が2010年(平成22年)に安土(あづち)町と合併して現市域となり、八幡の地名は市内古社の日牟禮…
続きを読む →岩手県南東部の三陸海岸(陸前海岸)に面する陸前高田市は、東日本大震災による津波被害からの復興が漸進しつつあり、枯死後も保存されている高田松原の“奇跡の一本松”で知られています。市名の陸前は旧陸前国(江戸期は仙台藩領の気仙…
続きを読む →品川地区は江戸時代には千住宿・板橋宿・内藤新宿と共に江戸四宿の一つとして、岡場所(非公認遊郭)としても、東海道53次の第一の宿場である品川宿が旅人や遊興客で栄え、今も北品川~南品川の旧東海道沿いでは寺院や商店などにその名…
続きを読む →愛媛県中部で県庁所在地の松山市は、四国地方最大の都市。徳川家康に味方した豊臣秀吉子飼衆の加藤嘉明が伊予国正木城(現・伊予郡松前町)から伊予国温泉郡(現・松山市)の領主となり、松山と命名して伊予松山藩を立藩し、松山城を築い…
続きを読む →広島県庁所在地である広島市の安佐南(あさみなみ)区は、1971~1973年に市に編入された旧安佐郡南部域(祇園・佐東・安古市・沼田の4町)を以て1980年(昭和55年)に発足し、昭和後期から農地跡・山間での大規模宅地開発…
続きを読む →大分県東海岸で臼杵(うすき)湾に沿って広がり、臼杵磨崖仏で知られる臼杵市は、1950年(昭和25年)に海部郡臼杵町と海辺村とが合併して発足した旧・臼杵市が2005年(平成17年)大野郡野津町と合併して現市となりました。市…
続きを読む →愛知県・東三河地方の豊川市は、律令制の宝飯郡豊川郷の地名が市名の由来となっていて、1441年(永享13年・嘉吉元年)創建で鳥居が立つ寺院の豊川稲荷(曹洞宗・円福山豊川閣妙厳寺)の門前町として栄えてきました。江戸時代は三河…
続きを読む →中央区日本橋人形町や中央区日本橋浜町に接する中央区日本橋蛎殻町。江戸時代からの商業地で、今も醤油や陶磁器の問屋が多く残っているこの街にも、老舗の飲食店なども何軒か残っています。 1920年創業、漬物の缶詰からスタートした…
続きを読む →青森県中央部(津軽地方北東部)で県庁所在地の青森市は、青森湾(陸奥湾の内湾)に臨み江戸初期から港町として発展しました。青森の地名は、寛永元年(1624年)に弘前藩が現・青森市に港町建設の際に海上からの目印だった“青い(緑…
続きを読む →昭和初期に旧下京区から分かれた鴨川東側の京都市東山区では、祇園・宮川町などの花街や、四条河原町(中京区・下京区)や新京極・先斗町(中京区)に連なる鴨川・三条大橋周辺の三条京阪等の繁華街が賑わっています。 八坂神社・知恩院…
続きを読む →大分県南西部の竹田(たけた、田は濁らない)市は、1954年(昭和29年)に竹田町等の2町8村が合併した旧・竹田市が2005年(平成17年)に3町と合併して現市となりました。少年時に在住した瀧廉太郎が“荒城の月”の曲の着想…
続きを読む →大阪市浪速区は、1925年(大正14年)に南区(現・中央区南部)から分区された日本一小面積の行政区。区名は古代に百済から渡来した伝承上の“王仁(わに)”が詠んだと伝わる“難波津の歌”に因ります。近世は大坂城下への野菜供給…
続きを読む →茨城県西域の平坦な関東平野にある結城(ゆうき)市。古代より穀(梶、かじ)の木・楮(こうぞ)が生育し、“ふさ(麻)”・“ゆう(木綿)”の産地として“総(ふさ)の国のゆうき”と称され、かつて下総国最北端の結城郡でした。鎌倉期…
続きを読む →茨城県西域の平坦な関東平野にある結城(ゆうき)市。古代より穀(梶、かじ)の木・楮(こうぞ)が生育し、“ふさ(麻)”・“ゆう(木綿)”の産地として“総(ふさ)の国のゆうき”と称され、かつて下総国最北端の結城郡でした。鎌倉期…
続きを読む →愛知県南東部(東三河地方)の豊橋(とよはし)市は、市中心部が中世から江戸期までは吉田と称され、江戸時代は三河国吉田藩の城下町として、東海道五十三次の二川宿(33番目、市内二川町・大岩町)に続く吉田宿(34番目)の宿場町と…
続きを読む →目黒区南部の平町は、隣接の目黒区大岡山等も含めた一帯と共に、目黒が六ケ村だった江戸時代は荏原郡衾(ふすま)村字平根に属しました。“衾”の地名由来には、民間信仰神の塞坐大神(ふせぎますおおみかみ)転訛説・馬飼料“麩(ふすま…
続きを読む →宮城県北東端で太平洋沿岸の三陸海岸に面する気仙沼市は、江戸時代は伊達氏の仙台藩領で、1953年(昭和28年)に本吉郡気仙沼町等の2町1村が合併した旧・気仙沼市が、2006年(平成18年)に1町と合併して現市となりました。…
続きを読む →高知県の県庁所在地である高知市は、江戸時代には山内一豊以来の山内家が治めた土佐藩の城下町として発展。地名は、現・高知市の川に挟まれた地の城が、河中山城(こうちやましろ)から高智山城を経て高知城と呼ばれるようななったことが…
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