龍圡軒のフレンチが、ただただ美味しくて / 東京 西麻布 1900年創業

100年以上の歴史を持つお店も色々あるけれど、中には一発で恋をしてしまうようなお店があります。その一つが西麻布にある龍圡軒。食事のクオリティの高さはもちろん、お店の方のホスピタリティの高さが素晴らしくて。

1900年創業、東京に現存する最も古い西洋料理店 龍圡軒

老舗は下調べをしていくこともあれば、年代だけを調べて取り合えず行ってみるケースもある。今回の龍圡軒は完全に後者だった。だからお店にたどり着いて、「やばい、もうちょっとちゃんとした格好で来たほうが良かった」とまず思った。そんな趣のあるお店。シェフの方とお話をしたら、元々パリのリッツで修行されたそう。美味しいのにも納得!

お店につくと渋い看板がお出迎えしてくれます。

予約をして伺ったところ、席がセッティングされていました。文豪らに愛されたこの店らしく、文豪たちのイラストが可愛くあしらわれています。
国木田独歩、島崎藤村、尾崎紅葉、柳田國男、等々、誰もが知っているあの人たちが御贔屓にしていたお店。

お昼は3000円のコースのみ。
前菜、メイン(肉 or 魚)、デザート、コーヒーが付いている。
せっかく良いお店に来たのだから、食前酒も頂いた。
僕はポルトをチョイス。ポルトガルからやってきたデザートワイン。

そういえば、もちろんパンも付くんだけれど、パンの上にナプキンを置かれていた。こう置いて頂くの初めてだったんだけど、理由を聞き忘れてしまった。今度伺った時に聞いてみよう。

まずは前菜から。コンソメのジュレと、パテから選べた。僕はコンソメのジュレを選んだんだけれど、この暑い季節にピッタリの、濃い味なのにさらっと食べられる、技術が光っていた。真ん中のカリフラワーのソースとの相性も凄くいい。

2人で伺ったので、パテも頼んだ。もちろん手作り。見た目から美味しい通り、良い塩味の正統派の味。

メインは、肉 or 魚。私は肉をチョイス。この肉の生クリームを使ったソースと、付け合わせのポテトと玉ねぎを炒めたもの(名前を失念)の組み合わせが上品に美味しい。このポテト的なもの、フレンチの伝統的な手法で作られているそうで、美味しい、と呟くことぐらいしか出来ませんでした。
付け合わせの野菜も鮮やかですよね。

こちら、お魚のメイン。白身魚のポワレ。お魚のおいしさはもちろんのこと、ポテトのクリーミーさのおかげで、ポテトが違う食べ物へと進化していて、ただただビックリ。

最後がデザートとコーヒー。これだけついて3000円なら週1ぐらいで通いたい、が本音。職場が近くなったら良いのに、と考えてしまう(引っ越そうかな)。

ランチタイム、たまたま空いていたことに加えて、「美味しい美味しい」と喜んで食べていたからか、シェフが出てきてくださって、この店の歴史や、2・26事件のこと、食べ物を作るということ(その食べ物を通じて何を表現したいのか)等々、色んな刺激が頂けて本当に楽しいひと時になりました。

ちなみに、シェフからはリッツで修行されたとは伺っていたのですが、調べ見るとただならぬ人であると分かりました。こちらの朝日新聞の記事からの情報ですが、全然気さくにお話頂けたんですけれど、ものすごい人だった…。

18歳で渡仏、料理修業を始める。1973年にCAP(国家試験)通過、「フランスで最も優れた見習いコンクール料理部門」で見事全国第4位を獲得した。「ル・カメリア」★★(星印はミシュランの星の数)、「ローベルガード」★★、「ホテル・リッツ」★★、「レ・サントン」★★、「シベルタ」★★で活躍して帰国。

そんな凄いシェフともお話出来る機会がある、という点で本当に素晴らしいお店です。みんなで通おう。

※当初、龍土軒と記載しておりましたが、正式名称は龍圡軒と土に、が付くものでした。そのため内容を修正しております(19年6月追記)

——龍圡軒 基本情報———-
〇創業年 明治33年 / 1900年創業
〇営業時間
[月~土]
11:30~14:00
18:00~21:30
〇住所
東京都港区西麻布1-14-4

食べログ ⇒ 龍土軒 – 六本木/フレンチ [食べログ]

2件のコメント

  1. ・「龍圡軒」の真ん中の字は、二本の横棒の間に点が付いた「圡」だと云う事に気がつかれましたか?単なる土の字とどう違うのか?何故その字を使っているのか?を、いつか尋ねられて是非ご教示下さい。
    ・多くの逸話に彩られた老舗であればある程、その立地や地域との関りが重みを増してきます。そもそも軍隊の町であった麻布龍土町(現六本木七丁目)で創業した「龍圡軒」は、第一連隊(→防衛庁→東京ミッドタウン)と第三連隊(→東京大学生産技術研究所→国立新美術館)には挟まれた場所にあったからこそ将官将校連中も来店していた訳でしたし、二・二六の将校達も、軍人が多い中だと密議謀議も却って目立たないから利用していて、豪華な食事目的ではなかったから注文も茶華とか単品程度のささやかなものだったそうです。乃木将軍も自邸(現乃木坂の乃木神社)から近かったから来店や出前利用していたのでしょう。明治~昭和前期位の仏蘭西料理がどの程度の水準だったか、文士や画家連中にしてもどの程度舌が肥えていたかは存じませんが、単に大酒しては談論風発していた新し物好き達の集会所として利用されていた事も多かったような気もしないでもありません。
    ・「龍圡軒」が昭和後期に創業地を離れ、旧麻布霞町(付近の麻布笄町等と共に西麻布なる陳腐な地名になっていますが)に移転し、建物の高層化で先年より現在の姿となりましたが、やはり麻布龍土町に在ってこその語られる歴史と逸話であるのだと思います。尤も、現在の麻布龍土町の様相からすると、其処にあっても違和感があって、要は昔の環境でなければ何処にあっても同じと云う感もあります。だからこそ、内容が大事なのであって、一流料理人により今に伝わる奇を衒わない伝統的な仏蘭西料理の味を何時迄も伝承していただきたいと切に願うばかりです。

    1. ・龍圡軒さんの名称、完全に誤記しておりました。ご指摘ありがとうございます…。
      看板写真を見ても圡と付いていました…。

      ・龍圡軒さんはこの活動を復帰した当初に訪れたお店で、大事なことを書き漏れているなぁ、と、コメント頂き気が付きました。
      そろそろ再訪して、その際に諸々追記をしようと思います。

      ・最近、レストラン吾妻のご主人に薦められた昭和50年代に発表された洋食屋の本を読んでいるのですが、
      洋食が出始めた当初は洋食の質は低かったようですし、
      当時のコーヒーはインスタントの劣化版であったり、と当初から洗練されていたわけではなかったようですね。
      もしかしたらフレンチもそういう状態からスタートしたのかもしれません。
      その辺りも龍圡軒のシェフは詳しそうなので、お話伺ってみます!

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