江戸時代には隅田川から分かれる山谷堀が掘削(昭和後期に埋立)され、土手(日本堤、昭和初年に取崩)が築かれていた台東区日本堤。『あしたのジョー』の舞台となった泪橋があることで知られています。かつて山谷堀沿いは、昭和中期まで現在の台東区千束にあった遊郭(新吉原)への遊興客で賑わい、今もその名残もあって何軒かの老舗の飲食店が残っており人気を博しています。
1889年創業、吉原大門前の”土手”に生まれた天丼屋——1927年築の登録有形文化財で営業する 土手の伊勢屋
都営バス・吉原大門から徒歩0分、東京メトロ日比谷線・三ノ輪駅から徒歩10分ほどの場所、台東区日本堤に店舗を構える 土手の伊勢屋。1889年(明治22年)に、伊勢出身の若林儀三郎氏が「伊勢屋」として創業した老舗です。店の前に吉原土手(日本堤の土手)があり、建物が土手にかかるように建っていたことから「土手の伊勢屋」と呼ばれるようになりました。創業当時は24時間体制で、朝帰りのお客さん、一般のお客さん、夜は吉原勤務のお客さんと賑わっていたそうです。関東大震災で全壊した後、1927年(昭和2年)に再建された木造店舗は2010年に登録有形文化財にも登録。下町で働く人の胃袋を満たす、ボリュームと濃いめの味付けの天丼を今も守り続けています。著書「日本老舗食堂大全」の撮影のため再訪しました。
という、土手の伊勢屋さんの外観です。いつ見ても超カッコ良い。いつか2階にも上がりたいんだよなぁ。
ガラスが海老のすりガラスになっています。もう今では作れる人がいないのだとか。
もう少し引の外観です。この右手側に常に行列ができています。
暖簾をアップで。季節で白と青を使い分けられています。この時は白でした(下に出てくる2019年訪問時は青でした)。
店内に入りました。昔使われていたオカモチが置いてあります。吉原土手いせやと書かれていますね。

そして、建物ファンが大好きな登録有形文化財のサインも飾られています。
店内の看板です。木に刻まれた海老の看板。今の建物を建てた時に寄贈いただいたものなのだとか。
先ほどの海老の透かしガラスを店内から。この美しさ、いろんな人に見てもらいたい。
店内の写真です。昭和初期の建て直し直後の写真です。この頃は天丼が40銭でした。

メニュー表はこちら。天丼がメインでイ・ロ・ハの3種類あります。加えて季節の天ぷら等もありますよ。
ここからお料理写真が始まります。お料理が運ばれる前のセッティングがこちら。
今回は季節限定の白子の天ぷらがあったので頂きました。とろりとして物凄く美味しかった!
今回はハをオーダー。この背の高さが堪らないよね。伊勢屋さんの特徴は、イ・ロ・ハのどれを頼んでも、必ず野菜と海鮮がそれぞれ入ること、そのどちらも季節によってタネを変えることがウリなのです。
味噌汁付きの写真で続きを。私が訪問したのが夏だったので野菜はとうもろこしが入り、お魚はカスゴだったと思います。天丼で季節を感じさせてくれるって中々ないのでその拘りに感動しました。
ということで、美しい天丼をもう1カットどうぞ。
同じ25年の別タイミングに訪問した際の天丼です。こちらは春バージョンなので、具材が違うんです。

伊勢屋さんはいつ行ってもものすごい行列なのですが、並んで待つ価値のあるお店です。人生であと何回行くのか分かりませんが、大好きなお店の1つです。
— 以下は2019年訪問時の記事です。
こちらが店舗外観。関東大震災にて店舗及び土手が崩壊し、その後に建て直したのが現店舗です。2010年に登録有形文化財に認定された、由緒正しき建物なんです。

道路が狭く真正面から撮れなかったので、別角度からも撮りました。奇跡的に行列が空いたタイミングで撮ってますが、通常は物凄く並ぶお店です。

店舗に入りました。こちらがメニュー。天丼は、イ・ロ・ハの3種類あります。今回は豪華にハ2500円をオーダーしました。
どーん、これがハ・2500円の天丼です。穴子、海老、キス、蓮根、などなど物凄いボリューム!土手の伊勢屋さんは、特に穴子の鮮度にこだわっており、専用の水槽が店内にあるそうですよ。
あまりに嬉しくって裏側からのショットも。後ろにどーんと寝そべっているのが穴子です。やばい、写真だけでご飯食べられそうw。
ちなみにお味噌汁付きです。三つ葉が良いアクセントになってます。
土手の伊勢屋さん、かなり知名度の高い老舗だと思うのですが、やや行きづらいエリア(三ノ輪から歩いて10分)かつ、昼のみ(11時 – 14時売り切れ終了)という条件に阻まれて、伺うことが出来ていませんでした。
「もっと早く知りたかった!」が食べた第一印象で、ちょっとお高い価格ではあるものの、納得感のある味とボリュームで、再訪を心に決めました。また行きたい。
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