御鮨所 醍醐の茶巾寿司と大阪寿司 / 東京 田園調布 江戸時代末期創業

日本を代表する高級住宅街として知られる田園調布エリア。1923年(大正12年)に田園都市株式会社により分譲が始まったこの地域にも、何店舗かの老舗が営業していました。

江戸時代末期創業、江戸前寿司と関西寿司の両方を提供する 御鮨所 醍醐

田園調布駅から徒歩2分ほどの場所にある 御鮨所 醍醐。創業は江戸時代末期で、深川で帆掛寿司という名前だったそうです。その後日本橋、銀座へ移転、そして昭和11年に田園調布に御鮓所「醍醐」を開業されました。現在は駅から2分の場所にある本店と、田園調布駅構内の2店舗を運営されていらっしゃいます。

駅から直ぐそばにある本店。住宅に挟まれるような感じでお店があります。
店舗の寄りの姿がこちら。緑色の看板が目を引きますね。
店頭のディスプレイには押し寿司の写真が。醍醐さんは江戸前と押し寿司(関西寿司・大阪寿司)を提供されるお店なんです。 こちらがメニュー表。江戸前鮨が右ページ、関西鮨が左ページに並んでいます。今回は関西鮨の、茶巾寿司と大阪寿司の組み合わせのセットをオーダーしました。こんな感じで茶巾寿司と大阪寿司(押し寿司)が両方入っているセットです。押し寿司は最近まで固めのお寿司と思い込んでいたのですが、ちゃんとしたお店で食べると見た目よりふんわりで美味しいんですよね。いやー、美味しい。

田園調布、というエリア自体、ほぼ足を踏み入れたことがなかったのですが、ちゃんと老舗があるものなんですね。醍醐さんは田園調布というハイソなエリアにありながら、お客さんと距離の近い優しい雰囲気の老舗で、居心地よかったです。田園調布には醍醐さん以外にも兵隊屋さんというお蕎麦屋さんがあることを最近教えて頂いたので、近々また田園調布に行ってこようと思います。

——-御鮨所 醍醐 基本情報———-
〇創業年 江戸末期創業
〇営業時間
11:00~21:00  LO 20:45
※火曜日(祝日の場合、翌日に振り替えます)
〇住所
東京都大田区田園調布3-1-4
(公式サイト)⇒ 御鮓所 醍醐 | 江戸前鮨と関西寿司をやっております

2件のコメント

  1. ・東京で名の通った大阪寿司店はこの何年かの間に片端から閉じてしまい寂しい限りですから、醍醐は貴重な存在ですね。10年位前に明治後期創業のぎんざ日乃出本店が突然廃業して吃驚しましたが、先年には明治末期創業の神楽坂の大〆が閉店し、大正末期に人形町で創業した大阪鮓の八竹は、原宿の店は築地に移転したものの先年閉店してしまいました。50年位の歴史でしたが人気だった新宿西口広場沿いの箱寿司も昨年閉じてしまい、昭和初期からの京樽も嘗ては一世を風靡したものの倒産後は吉野家の傘下で握り寿司店が増えて展開していますし。今や残る老舗の大阪寿司店は醍醐の他だと、旧原宿・築地店の親族が永らく運営している四谷の八竹くらいでしょうか。
    ・そう云えば、昭和初期の創業でしたが、高級品の粽寿司と茶巾寿司とで知られた赤坂の有職は、突然閉めた後に職人が福槌の名で継承し、先般また赤坂の別の地で有職の名前に戻して店を構えましたね。そもそも茶巾寿司は伏見宮家包丁人だった旧有職創業者が創作して大正期の茶会で披露して宮から茶巾の名称を賜ったものを創業してから商品化したそうで、茶巾寿司は旧有職で商標登録していたと記憶していますが、ゴタゴタが続いたその後の今はどうなっているのでしょうかね。嘗て、ぎんざ日乃出では確か茶巾とせずに、ふくさ、と称していたと思いますが。

    1. ・神楽坂の大〆さん、タッチの差で伺えなかったのです。大阪寿司は、今あまり流行らないのですかねぇ。
      四谷の八竹さんは今度行ってきてみます(18時閉店なので、タイミングが難しそうですが…)。

      ・大阪寿司(というか押し寿司)でリストに入っているものですと、昨年書いた神田志乃多寿司さんの本家(という認識をしています)の、人形町志乃多寿司總本店さんはまだ未訪問です。

      ・茶巾寿司のこと、有職さんのこと、どちらも知らず今調べてキャッチアップできました。
      商標の件は調べてみたところ何やら争いになっていることは理解できるのですが、中々難解で何の結論を出しているのかがぱっと見分からないですね…。

      http://shohyo.shinketsu.jp/originaltext/tm/1162485.html

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