江戸時代に置かれた銀貨幣鋳造所(銀座)に地名を由来する中央区銀座は、明治時代に文明開化を象徴する町として銀座煉瓦街が建設されて栄えてきました。現在の銀座8丁目付近で芸妓能楽師に因んで称された金春(こんぱる)芸者で賑わった幕末からの花柳界が、明治政府高官などの贔屓により新橋花街として江戸時代以来の柳橋(現・台東区)と共に「柳新二橋」と称し発展し、昭和中期の最盛期を経て今も中央区築地にかけて10軒以上の料亭と数十人の芸者を擁しています。東京を代表する地域ブランドのショッピング街として、大繁華街として、また夜の高級な社交の場として今に至っており、各所に老舗の飲食店や和洋菓子店などが数多く点在しています。
1872年創業の米津風月堂をルーツにもつ、東京風月堂
銀座駅から徒歩5分程度、銀座一丁目駅からは1分かからない距離、銀座中央通り沿いにあるのが、東京 風月堂 銀座本店。日本各地にある風月堂さんの一つです(創業家ルーツではなく、支店として開設したお店がルーツ)。
こちらのお店はやや複雑な経緯がありますが、凮月堂総本店(当時の名称大坂家で、上野風月堂さんは1747年創業と記載し、東京風月堂さんは1753年創業と記載があり創業年に幅があります。大住家がルーツとなるお店です)の番頭であった米津氏が、1872年に凮月堂米津本店を開店、このお店が東京風月堂のルーツとなります。米津氏は戦後、銀座に米津凮月堂をオープンも経営破綻。そのお店を高瀬産業さんが買い取り、復活させたのが現在の東京風月堂さんとなります。
(総本店は既になく、ルーツの大住家の血筋を継ぐ風月堂さんは、上野風月堂さんのみとなるようです)
注釈が長くなりましたが、こちらが店舗外観です。銀座だけあり風格を感じますね。
もう少し正面のカット。アルファベットロゴが全面に出ているのは、インバウンドのお客様向けでしょうか。
今回はお土産の購入ではなく、カフェでお茶をしてきました。お店の外の看板でもメニューが掲出されています。
2階の席に着くと、こんな豪華なメニュー表を渡されます。風格がありますねぇ。
メニューの1ページ目に経緯が書かれていました。ルーツは大坂家さんではなく、1872年の米津凮月堂さんで、東京風月堂さんとしては140余年の歴史とカウントされていらっしゃいます。
風月堂さんといえば、ゴーフル、ですよね。東京風月堂さんはゴーフルのミニサイズをゴーフレットと呼んでいます。
今回はゴーフレットが載っているパフェをオーダー。豪華!!!
子供と一緒に行ったのですが、ショートケーキをオーダーしてました。クラッシックなスタイルですね。
最後に紅茶を。香り高い紅茶で、甘いパフェにピッタリ。
歴史の長い老舗店舗の中には、今回の東京風月堂さんのように複雑な経緯をお持ちのお店も沢山あります(千鳥屋さんや、麻布の更科の3店舗等)。どれを掲載し、どれを掲載しないか、は毎回悩むのですが、現時点では、誰かが次いで続けてくれることは、老舗存続の一つの形と考えており、遡れるルーツがある限りは老舗とカウントして掲載をしています。
今後考えが変わる可能性はありますが、現時点の考えとしてこちらに記載しておきます。
———東京風月堂 基本情報———-
〇創業年 明治5年創業 / 1872年創業
〇営業時間
1F ブティック 10:00〜23:00
1F カフェ 10:00〜19:00 (L.O. 18:30)
2F サロン・ド・テ 11:00〜23:00 (L.O. 21:30)
※無休
〇住所
東京都中央区銀座2-6-8
(公式サイト)⇒東京風月堂のホームページ
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