べっぴんの語源となった、丸よの鰻 / 愛知 豊橋市 明治初期創業(1800年代後半)

愛知県南東部(東三河地方)の豊橋(とよはし)市は、市中心部が中世から江戸期までは吉田と称され、江戸時代は三河国吉田藩の城下町として、東海道五十三次の二川宿(33番目、市内二川町・大岩町)に続く吉田宿(34番目)の宿場町として、豊川(旧吉田川)水運で吉田湊の湊町として栄えました。1869年(明治2年)の版籍奉還時に伊予国(愛媛県)吉田藩との混同懸念を理由の政府命により、豊川に架橋の豊橋(旧吉田大橋)に因んで豊橋藩と改名し廃藩置県後も地名は継続されました。豊橋竹輪・佃煮・にかけうどん・菜飯田楽・ゆたかおこし・ブラックサンダー等の名物があり、市内には老舗の飲食店・和菓子店・食品店などが残っています。

明治初期創業、ぺっびんの語源を作った鰻店 丸よ

豊橋駅から徒歩15分、札木駅から徒歩1分ほどの場所にある 丸よ。江戸時代に創業された割烹 織清 (おりせい)をルーツにもち、明治初期に創業されたのが丸よさんとなります。タイトルにある通りなんですが、丸よさんは「べっぴん」という言葉の語源となったとされるお店。ルーツである織清さんの時代に、渡辺小華(渡辺崋山の息子)の案で、鰻を「頗別品(すこぶるべっぴん)」とだけ書いて売り出したことに由来するそうです。ここから極上品=べっぴんと転訛し、美しい女性のことをべっぴんと呼ぶように変化していったそうです。

という、丸よさんの外観。暖簾の鰻の文字が力強くってカッコ良い!

お店は吉田宿本陣があった場所の跡地にあります。

店頭にもべっぴん語源発祥の店説明が貼ってありました。

店内に入りました。鰻の稚魚に迎えられます。か、可愛い…。そして美味しそうw。 と、その話は置いておいてメニューです。べっぴん膳が美味しそうだったのですが、食べ切れる自信がなかったので今回はパス。 一般メニューはこんな感じ。定食か鰻丼か。定食=ご飯と蒲焼が別々で出てくるもので、鰻丼=ご飯の上に鰻が乗ってくるもの(こっちは説明いらないですねw)です。鰻重がないの珍しいですね。 今回は鰻丼をチョイスしました。

蓋をオープン!

ということで、これがべっぴんな鰻です。関東スタイルの蒸した後に焼いていますが、皮目を上にしてサーブするのは珍しいですね。この辺りでは一般的なのかしら。 肝吸はこんな感じです。べっぴんな鰻、本当に美味しかったです!皮目を上にしてサーブされているからか、関東風の焼き方なのに、パリパリ感があるのも楽しかったです。今回は他にも食べるものがあったため鰻丼にしましたが、次回はべっぴん膳を食べたい!やっぱ美味しい鰻って最高ですね。

———-丸よ 基本情報———-
〇創業年 明治初期創業(1800年代後半)
〇営業時間
・11:30~20:30
※水曜日・年末年始 定休日
〇住所
愛知県豊橋市札木町50
(公式サイト)⇒ MaruYo Web ― 愛知県豊橋市 うなぎ 丸よ

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