九段下 寿司政、おまかせで江戸前の仕事を堪能する / 東京 九段南 1861年創業 (文久元年)

江戸時代の九層の階段が明治以降に廃され昭和初期に急勾配が緩和された九段坂に由来する千代田区九段地区。明治維新以後に現在の千代田区九段北に創建された東京招魂社(後の靖国神社)への参拝者で栄え、現在の千代田区九段南は東京屈指の花街や多くの商店などで山の手有数の繁華街として賑わっていました。九段南には桜の名所である千鳥ヶ淵緑道が続き、東京メトロ及び都営地下鉄の九段下駅周辺には千代田区役所などの官民のオフィスビルや商店が建ち並び、その中に老舗の飲食店や和菓子店なども残っています。

1861年創業、江戸前の技術を今に伝える鮨店 寿司政

九段下駅の6番出口から、1分かからない場所にある 九段下 寿司政。1861年(文久元年)、初代・戸張好造氏が日本橋の屋台店舗として始まりました。この当時の屋号は「寿司好」でした。2代目・太田福松氏は歌舞伎小屋・三崎座に店舗を構えて握っていたそうです。1923年関東大震災が起こった後に、現在店舗を構える九段下に移転されています。移転後、3代目・戸張政次郎氏が屋号を現在の寿司政に変更されています。その後4代目・戸張太啓寿氏、5代目・戸張正大氏とその仕事が引き継がれています。

という、寿司政さんの外観です。看板というか灯篭?的なものに”文久元年創業”とあります。カッコ良いなぁ。
正面からの写真です。今回は席だけ事前に予約しました。
ネタケースの貝達が、席の前で出迎えてくれました。 今回はおまかせでオーダーしています。まずはおつまみ的なものが出てきました。飲み物は焼酎のお湯割です。まだ少し肌寒い季節だったんです。
このタコ、過去一レベルで柔らかく美味しかった。 そしてここから握りです。ネタが分からないものもあるので、ここからはほぼ写真だけ中心で。

ここまでが、おまかせで出てきたものです。記憶に残っているのは、光物・車海老・煮穴子です。光物の酢の〆加減、車海老の柔らかさ、そして煮穴子のふわっと感がただただ最高でした。ザ・江戸前の技術が光って感じですね。作家の山口瞳氏は「九段下寿司政のしんこを食べないと、私の夏が終わらない」と自署に書かれるぐらい、しんこが好きなのですね。

追加で干瓢巻きを頼みました。わさび入りが好みです。少しツーンとする感じが好みです。
昔の店舗写真も。この時代にタイムスリップして食べてみたいものだ。
ここからは2016年訪問時の写真です。
大きく変わっていませんが、よろしければどうぞ。
(このサイトは2016年別の人に書いてもらっており、私が記事書き始めたのは2017年からです。16年度のは順次上書きして消していっています。)

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上記写真の”ばらちらし”は昔は歌舞伎役者さんのお弁当として人気を博していたそうです。お弁当にちらし寿司って贅沢だなぁ。ちなみに、岸朝子さんの東京5つ星の手土産で取り上げられたお店の一つとなります。歌舞伎役者から山口瞳、そして岸朝子さんまで、ずっとレジェンド達に愛されている感がありますね。また行って食べなければだ。

——-九段下 寿司政 基本情報———-
〇創業年 1861年創業 (文久元年)
〇営業時間
・11:30 – 13:30
・17:30 – 22:00
※日曜日 定休日
〇住所
東京都千代田区九段南1丁目4−4
(公式サイト) ⇒ 老舗すしや:九段下”寿司政”1861年(文久元年)創業

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