千曲錦酒造、千曲錦 山田錦 純米大吟醸生酒 浅間山系伏流水仕込み / 長崎 佐久市 1681年創業 (天和元年)

長野県東部(東信地方佐久地域)の群馬県境で千曲川流域・佐久盆地の佐久(さく)市は、江戸時代は岩村田藩領で、1961年(昭和36年)に北佐久郡浅間町・東村・南佐久郡野沢町・中込町合併で発足の旧市が、2005年(平成17年)に北佐久郡望月町・浅科村・南佐久郡臼田町と合併して現市となり、長野・松本・上田市に次ぐ県内第4の都市です。佐久の地名由来には、新開発耕作地の新開(にいさく)転訛説・関東との国境“せく”転訛説・山が迫り谷状の意味説・“なべての郡に疎(さか)る”説・蝦夷等討伐砦“柵”転訛説等の諸説があります。養殖池以外に水田(稲田)養鯉される佐久鯉・米(五郎兵衛米等)・信州蕎麦・野菜・果物・花卉・矢島産凍み豆腐・味噌・清酒・焼酎・鯉料理(うま煮等)・猪料理・煮こじ(根菜等煮物)・おなっとう(飯・米麹・煮豆)・安養寺ラーメン等の特産品・郷土食があり、市内には老舗の料理店・和菓子店・和洋菓子店・食品店・醸造所(味噌・多数の酒蔵)・旅館などが残っています。

1681年創業、武田信玄公の二十 四将の一人・原虎胤の子孫が立ち上げた酒蔵 千曲錦酒造 (ちくまにしきしゅぞう)

JR佐久平駅から徒歩15分ほど、車で5分前後の場所にある 千曲錦酒造。千曲錦酒造のルーツは武田信玄公の二十四将の一人で五名臣として知られる原虎胤(はらとらたね)にあります。原虎胤の子孫は武田氏滅亡時に佐久岩村田に移り住み、その子孫である原弥八郎氏が1681年(天和元年)に、吉田屋の屋号で酒造りを始めたことが創業にあたります。明治・大正期に東京へと進出し、1929年(昭和4年)に千曲錦酒造株式会社を設立されています。

という、千曲錦酒造さんの「千曲錦 山田錦 純米大吟醸生酒 浅間山系伏流水仕込み」を購入しました。名前の通り山田錦を使っています。 ロゴ部分をアップで。白バックに金色の箔押し?&かっちり目のフォントを使っており、高級感を感じます。 ラベル横の原材料です。米・米こうじのみで、山田錦100%使用。精米歩合は49%になっています。

浅間山系伏流水を使ってしっかり磨いた山田錦で仕込んでいるので、かなりスッキリ系で、だけれどフルーティーな果実味もあって飲みごたえがありました。高級なお酒を飲んでる感があるのもとても良い。また飲みたいです。

———千曲錦酒造株式会社 基本情報———-
〇創業年 1681年創業 (天和元年)
〇営業時間
・9:00 – 16:00 (土・日は10:00から)
※定休日なし
〇住所
長野県佐久市長土呂1110
(公式サイト)⇒ 千曲錦酒造株式会社

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です