松本魚問屋・魚問屋のまかないカレーは、めっちゃ出汁味 / 富山 氷見市 1914年創業 (大正3年)
富山県北西部で能登半島の根元の東側に位置する氷見(ひみ)市は、好漁場である富山湾西岸の諸漁港で水揚げされる豊富な海産物で知られています。特に重要な特定第3種漁港としては全国13港(本州・九州のみ)の一つである氷見漁港では…
続きを読む →富山県北西部で能登半島の根元の東側に位置する氷見(ひみ)市は、好漁場である富山湾西岸の諸漁港で水揚げされる豊富な海産物で知られています。特に重要な特定第3種漁港としては全国13港(本州・九州のみ)の一つである氷見漁港では…
続きを読む →広島県庁所在地である広島市の安佐南(あさみなみ)区は、1971~1973年に市に編入された旧安佐郡南部域(祇園・佐東・安古市・沼田の4町)を以て1980年(昭和55年)に発足し、昭和後期から農地跡・山間での大規模宅地開発…
続きを読む →隅田川・日本橋川・亀島川に囲まれ、霊岸島とも呼ばれる中央区新川には、既に埋め立てられた掘割(新堀)があり江戸時代は海運の要であって木場に繋がり船大工が多く住んでいました。また河岸には酒問屋が集積して上方からの“下り酒”が…
続きを読む →長崎県南東部で島原半島東端の島原(しまばら)市は、1940年(昭和15年)に南高来(みなみたかき)郡島原町・安中村・杉谷村の合併で発足し、1955年(昭和30年)に同郡三会村、2006年(平成18年)に同郡有明町を編入し…
続きを読む →長崎県庁所在地の長崎市は、鎖国の江戸時代は天領でした。オランダ商館があり中国商船来航の出島が、朝鮮貿易の対馬藩と共に国内2か所のみの幕府公認の国際貿易港で、オランダ中心に欧州から多くの外国文化が流入して栄えてきた港湾都市…
続きを読む →富山県西部(呉西:呉羽山より西の地域)で砺波地区の南砺(なんと)市は、江戸時代は加賀藩領で、2004年(平成16年)に東礪波郡の福野・井波町・城端町・平村・上平村・利賀村・井口村と西礪波郡の福光町との合併で発足し、古来の…
続きを読む →秋田県南東部の大仙(だいせん)市は、江戸時代は佐竹氏の久保田藩(秋田藩)領で、(雄物川河川敷運動公園で毎年8月開催の全国花火競技大会で知られる)大曲(おおまがり)市と仙北郡6町1村との2005年(平成17年)の合併で旧市…
続きを読む →静岡県東部の富士宮(ふじのみや)市は、1942年(昭和17年)に富士郡大宮町及び1村合併で発足の旧・富士宮市が955年(昭和30年)に1村と合併した新・富士宮市が昭和中期・平成後期の近隣町村編入により現市域となりました。…
続きを読む →本州最西端で、関門海峡を挟み西が日本海に南が瀬戸内海に接する山口県内最大都市の下関市は、古くから港湾都市として栄え、かつては赤間関(あかまがせき)或いは赤馬関や略して馬関(ばかん)とも称されました。1889年(明治22年…
続きを読む →栃木県南東部の芳賀(はが)郡は、1878年(明治11年)の行政区画発足以降に真岡市・宇都宮市が分離し、現在は益子町・茂木町・市貝(いちかい)町・芳賀町の4町が属しています。芳賀の地名は古史料に芳宜評(はが/はぎのこおり)…
続きを読む →品川区小山(こやま)は、田園都市株式会社(現、東急)による洗足田園都市開発により、大正末期に目黒蒲田電鉄が通り、小山駅(後に武蔵小山駅)を中心として発展してきました。小山の地名は鎮守の小山八幡神社が小高い山となっていたこ…
続きを読む →愛媛県の南予地方にある西宇和郡は、1878年(明治11年)の発足時には八幡浜市全域と大洲市・西伊予市の各一部を含んでいましたが、現在は伊方町(いかたちょう)のみが属しており、北側が瀬戸内海に、南側が宇和海にそれぞれ面して…
続きを読む →愛知県庁所在地である名古屋市の東区は、1908年(明治41年)の区成立時に当時の市域の東側だったことから命名されました。1612年(慶長17年)~1616年(元和2年)頃の清洲越し(きよすごし、清州から名古屋への都市移転…
続きを読む →愛知県庁所在地である名古屋市の東区は、1908年(明治41年)の区成立時に当時の市域の東側だったことから命名されました。1612年(慶長17年)~1616年(元和2年)頃の清洲越し(きよすごし、清州から名古屋への都市移転…
続きを読む →北海道中央部の小樽市は、古くから北海道有数の港湾都市として栄え、慶長年間には蝦夷地南西部を支配していた松前氏の家臣が先住民族・アイヌと交易をする知行地(場所、商場:あきんば)がありました。小樽の地名由来には異説もあります…
続きを読む →島根県の県庁所在地 松江市は、1607年(慶長12年)に堀尾吉晴が大橋川北側の末次の地に築城した際に中国・杭州の西湖畔“淞江(ずんごう)”に似た風景として、宍道湖を西湖に見立て命名されました。江戸時代は徳川家康嫡男系統の…
続きを読む →新宿区高田馬場の地名は、異説もありますが、かつては現在の豊島区高田・中野区上高田に至る付近一帯が高台であることから“高田”と俗称されていたことや、隣接の新宿区西早稲田に1636年(寛永13年)に三代将軍家光が開いた旗本達…
続きを読む →埼玉県川越市は、平安時代に河越館を構えた豪族河越氏に由来。武蔵国入間郡の昔から武州支配の地理的要衝で、江戸時代に武州一の大藩であった親藩・譜代の川越藩は酒井忠勝・堀田正盛・松平信綱・柳沢吉保など大老・老中クラスの重臣や御…
続きを読む →高知県の県庁所在地である高知市は、江戸時代には山内一豊以来の山内家が治めた土佐藩の城下町として発展。地名は、現・高知市の川に挟まれた地の城が、河中山城(こうちやましろ)から高智山城を経て高知城と呼ばれるようななったことが…
続きを読む →浅草は、都内最古の寺である金龍山浅草寺の門前町として古くから栄えた街。江戸時代には多くの武士・商人や文人墨客などが浅草に集まって江戸文化を育んできました。明治になって六区画(一時期は七区画)の浅草公園となって、六区は劇場…
続きを読む →