堺屋商店、するめいか & 青のりを買う / 栃木 宇都宮市 1869年創業 (明治2年)
栃木県中部で県庁所在地の宇都宮市は、関東平野中北部に位置する北関東最大の都市。古くは池辺郡と称し、上代に蝦夷平定で訪れ土地の開祖とされる豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)を祀った社が鏡ヶ池畔に建立され、平安後期には“宇…
続きを読む →栃木県中部で県庁所在地の宇都宮市は、関東平野中北部に位置する北関東最大の都市。古くは池辺郡と称し、上代に蝦夷平定で訪れ土地の開祖とされる豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)を祀った社が鏡ヶ池畔に建立され、平安後期には“宇…
続きを読む →京都府乙訓郡(おとにぐん)大山崎町は飛鳥時代の『日本書紀』にも記される交通の要衝です。1582年天王山の戦いで知られ、江戸期には八幡宮の社人による油座が置かれました。明治22年(1889年)に下植野・円明寺・大山崎の3村…
続きを読む →石川県南部の白山(はくさん)市は、江戸時代は加賀藩領で、2005年(平成17年)に松任市と石川郡2町5村との合併で発足し、市名公募により名峰“白山”に因み命名され、面積は県内自治体で最大、人口は金沢市に次ぎ県内2位です。…
続きを読む →能登半島最北部(最奥部、奥能登)の石川県鳳珠(ほうす)郡は、江戸時代は加賀藩領で、2005年(平成17年)の能登町発足(鳳至郡能都町・柳田村・珠洲郡内浦町合併)に伴い、鳳至郡・珠洲郡再編で能登町及び鳳至郡穴水町・門前町の…
続きを読む →滋賀県北部で東西に短く南北に長く、西端が琵琶湖に接する長浜(ながはま)市は、1943年(昭和18年)の坂田郡長浜町及び6村合併で発足の旧市が、2006年(平成18年)の東浅井郡浅井町・びわ町との合併で現市となり、2010…
続きを読む →茨城県南部(県南地域)で霞ヶ浦の西に広がる土浦(つちうら)市は、1940年(昭和15年)の新治郡土浦町・真鍋町合併で発足し、地名由来には旧土浦村継承説・十一(合成で土)の集落(浦)説・西浦の湖岸の土の浜説・津々浦々説等の…
続きを読む →広島県東部で県南東端の福山市は、1916年発足の旧・福山市が1966年に旧・松永市と合併して現市となりました。元は蝙蝠(こうもり)山と称した福山城の地を“蝠”が“福”に通じるとして水野氏が福山と命名したのが地名由来です。…
続きを読む →島根県中東部の出雲(いずも)市は、1941年(昭和16年)発足の旧出雲市が2005年(平成17年)に平田市及び4町と合併(のちに1町編入)して現市となり、出雲大社・須佐神社等の古代史・文化遺産が豊富な“神話の国”として知…
続きを読む →鹿児島県本土中央部で鹿児島湾(錦江湾)奥側の姶良(あいら)市は、江戸時代は薩摩藩領(一門家私領含む)で、2010年(平成22年)に姶良郡加治木(かじき)町・姶良町・蒲生(かもう)町の合併で発足し、南部平野地帯は鹿児島市の…
続きを読む →茨城県北東部(県北地域)で太平洋に面する日立(ひたち)市は、江戸時代は水戸藩領で、1939年(昭和14年)に多賀郡日立町・助川町合併で発足し、1955年(昭和30年)の多賀郡多賀町・久慈郡久慈町及び両郡4村、1956年(…
続きを読む →静岡県東部の駿東(すんとう)郡は、1879年(明治12年)の行政区画郡発足時には後の御殿場市・裾野市・沼津市大部分・富士市及び田方郡函南町の各一部も含んでいましたが、現在は清水(しみず)町・長泉町・小山町の3町(ちょう)…
続きを読む →富山県西部(呉西:呉羽山より西の地域)で砺波地区の南砺(なんと)市は、江戸時代は加賀藩領で、2004年(平成16年)に東礪波郡の福野・井波町・城端町・平村・上平村・利賀村・井口村と西礪波郡の福光町との合併で発足し、古来の…
続きを読む →熊本県庁所在地である熊本市の北区は、2町2村が1939年(昭和14年)から2010年(平成12年)にかけて逐次に市と合併して、2011年(平成13年)に公募による区名で発足し、市内最大面積の行政区です。植木・宮原・梶尾・…
続きを読む →大阪市中央区は、大阪の伝統的業務地区で、1989年(平成元年)に110年間続いた旧東区と旧南区とが合併して生まれました。旧東区地域は谷町筋の東側が大阪城・難波宮跡や官公庁街で、北東端の城見には弁天島再開発の大阪ビジネスパ…
続きを読む →鴨川・堀川・高瀬川等が流れる京都市中京区(なかぎょうく)は、昭和初期に旧上京区南部と旧下京区北部とが合併して生まれました。染物・京友禅(きょうゆうぜん)産地として知られ、二条城・本能寺等の名所旧跡や祇園祭・時代祭・鴨川を…
続きを読む →名古屋市の中核である名古屋市中区は、中部地方・愛知県・名古屋市の経済中枢機能が集中し多くの企業本社が立地しています。オフィス街の丸の内、官庁街の三の丸、金融街の伏見・丸の内周辺、元は大須観音の門前町で電気街として栄えてき…
続きを読む →江戸時代初期に隅田川に架橋された大橋は、旧武蔵国と旧下総国とを結ぶことから両国橋と称されるようになりました。当時の両国は隅田川西側(現・中央区東日本橋)を多くは指し、東側の墨田区両国は向両国(むこうりょうごく)と称されて…
続きを読む →名主が伝馬役(公的な貨客輸送)を司ったことに由来する小伝馬町。江戸時代には、高野長英や吉田松陰らが投獄されていた牢屋敷があった場所としても知られています。そんな日本橋小伝馬町は旅人宿で賑わい、金物・繊維問屋が軒を連ね、今…
続きを読む →江戸時代に旗本の一色(いっしき)氏の2軒の屋敷があったからとの由来説がある千代田区神田錦町は、明治・大正期には各種の学校が集まっていましたが大半は移転し複数校が残っており、また旧帝国大学系の7国立大学の卒業生・在学生・教…
続きを読む →平安時代以前より、下総国葛飾郡の西側は葛西と呼ばれ、今も江戸川区にその名を残しています。今回はそんな葛西の中心部にある中葛西の老舗に伺いました。 1869年創業、白子氏によって創業された 白子のり 西葛西駅から徒歩15分…
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