香梅堂の鈴焼、シンプルなのに凄く美味しい / 和歌山 新宮市 1868年創業 (明治元年)
和歌山県南部で熊野川河口西側の新宮(しんぐう)市は、1933年(昭和8年)に東牟婁(ひがしむろ)郡新宮町・三輪崎町の合併で発足の旧市が、1956年(昭和31年)の同郡高田村編入を経て2005年(平成17年)に同郡熊野川町…
続きを読む →和歌山県は日本最大の半島である紀伊半島西側に位置して、古くから“木の国”と称され県南部の大規模山地は総面積の約8割を占めています。かつての紀伊国の大半で(一部は三重県)、江戸時代は初期が浅野家で、後に御三家の紀州徳川家が治めた紀州藩となりました。1585年(天正13年)に古くは若山と称されていた現・県庁所在地の和歌山市に、豊臣秀吉の命により豊臣秀長が和歌山城を築城の際に、秀吉が古来の名勝・和歌浦に対する地名として和歌山と命名したとされています。沿岸部は製鉄・石油製油等の重工業が盛んで、海南市の家庭日用品(水回り用品は国内の8割)・有田市の蚊取線香等の地場産業も知られています。果樹王国と称され生産量では田辺市を中心とする梅を始め蜜柑・八朔・柿・山椒(全国の約8割)が日本一で、すもも・伊予柑ネーブルオレンジは全国2位です。鮪・鰹・鱧・太刀魚・クエ等の漁業や杉・檜等の林業も盛んです。和歌山市・白浜町・那智勝浦町を中心に世界遺産の熊野三山・高野山と参詣道・多数の温泉地・アドベンチャーワールド等のレジャー施設など観光名所・施設が数多くあります。日本の醤油発祥地の一つとされる有田郡湯浅町の醤油・田辺市等の梅干・高野豆腐・胡麻豆腐・めはり寿司・クエ料理等の特産品・郷土食も多く、県内には老舗の飲食店・和菓子店・食品店が多数点在しています。
和歌山県南部で熊野川河口西側の新宮(しんぐう)市は、1933年(昭和8年)に東牟婁(ひがしむろ)郡新宮町・三輪崎町の合併で発足の旧市が、1956年(昭和31年)の同郡高田村編入を経て2005年(平成17年)に同郡熊野川町…
続きを読む →和歌山県中部から中西部の日高(ひだか)郡は、1879年(明治12年)の行政区画郡発足時には後の御坊市・田辺市一部も含んでいましたが、現在は美浜町・日高町・由良町・印南町・みなべ町・日高川町の6町が属しています。古代には飯…
続きを読む →和歌山県北部沿岸部の海南(かいなん)市は、江戸時代は紀州藩領で、1934年(昭和9年)に海草郡4町合併で発足の旧市が、海草(かいそう)郡(名草郡・海部郡合併名)の南部であることから命名され、2005年(平成17年)に同郡…
続きを読む →和歌山県南部の東牟婁(東牟娄、ひがしむろ)郡には、現在は那智勝浦(なちかつうら)・太地(たいじ)・古座川(こざがわ)・串本(くしもと)の4町と北山(きたやま)の1村とが属しています。那智勝浦町は、世界遺産の紀伊山地霊場・…
続きを読む →和歌山県南部の東牟婁(東牟娄、ひがしむろ)郡には、現在は那智勝浦(なちかつうら)・太地(たいじ)・古座川(こざがわ)・串本(くしもと)の4町と北山(きたやま)の1村とが属しています。串本町は紀伊半島最南端にあり、潮岬は本…
続きを読む →和歌山県南部の東牟婁(東牟娄、ひがしむろ)郡には、現在は那智勝浦(なちかつうら)・太地(たいじ)・古座川(こざがわ)・串本(くしもと)の4町と北山(きたやま)の1村とが属しています。串本町は紀伊半島最南端にあり、潮岬は本…
続きを読む →和歌山県北部(紀北)で北側が大阪府(泉南)に接する紀の川(きのかわ)市は、江戸時代は和歌山(紀州)藩領・高野山領で、2005年(平成17年)の那賀郡5町合併で発足し、市名は公募により市中を流れる紀の川(紀伊国由来の川名)…
続きを読む →和歌山県南部の西牟婁(西牟娄、にしむろ)郡は、1879年(明治12年)の行政区画郡発足時には上富田町・白浜町・すさみ町及び田辺市の各大部分・東牟婁郡串本町一部でしたが、現在は白浜(しらはま)町・上富田町・すさみ町の3町が…
続きを読む →和歌山県北東部の伊都(いと)郡は、現在、かつらぎ町・九度山町・高野町の3町が属しています。江戸時代は紀伊和歌山藩領・高野山領で、伊都の地名には魏志倭人伝の伊都国(現・福岡県糸島平野説)からの古代植民由来説もあります。郡西…
続きを読む →和歌山県北部(紀北)で北側が大阪府(泉南)に接する紀の川(きのかわ)市は、江戸時代は和歌山(紀州)藩領・高野山領で、2005年(平成17年)の那賀郡5町合併で発足し、市名は公募により市中を流れる紀の川(紀伊国由来の川名)…
続きを読む →和歌山県庁所在地の和歌山市は、江戸時代は初期が浅野家で、後に御三家の紀州徳川家が治めた紀州藩の城下町です。古くは若山と称されていましたが、1585年(天正13年)に豊臣秀吉の命により豊臣秀長が和歌山城を築城の際に、秀吉が…
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続きを読む →和歌山県有田郡は、古代からの安諦(あで)郡が平城天皇の諱(いみな、死後の尊称)・安殿(あて)に似て畏れ多いとして改称した在田郡の表記が江戸時代まで使われていました。湯浅町は天然の良港・湯浅広港が古来より産物の柑橘類等の物…
続きを読む →和歌山県中部で紀州水道に面し中央部を有田川が流れる有田(ありだ)市は、古くは阿提(あて)郡で、平城天皇の諱である安殿(あて)と同音を避けて改称した古代の有田郡が市名由来です。江戸時代は紀州藩で、1954年(昭和29年)に…
続きを読む →和歌山県有田郡は、古代からの安諦(あで)郡が平城天皇の諱(いみな、死後の尊称)・安殿(あて)に似て畏れ多いとして改称した在田郡の表記が江戸時代まで使われていました。湯浅町は天然の良港・湯浅広港が古来より産物の柑橘類等の物…
続きを読む →和歌山県有田郡は、古代からの安諦(あで)郡が平城天皇の諱(いみな、死後の尊称)・安殿(あて)に似て畏れ多いとして改称した在田郡の表記が江戸時代まで使われていました。湯浅町は天然の良港・湯浅広港が古来より産物の柑橘類等の物…
続きを読む →和歌山県南部の東牟婁(東牟娄、ひがしむろ)郡には、現在は那智勝浦(なちかつうら)・太地(たいじ)・古座川(こざがわ)・串本(くしもと)の4町と北山(きたやま)の1村とが属しています。太地町は、日本の古式捕鯨発祥地とされ古…
続きを読む →和歌山県庁所在地の和歌山市は、江戸時代は初期が浅野家で、後に御三家の紀州徳川家が治めた紀州藩の城下町です。古くは若山と称されていましたが、1585年(天正13年)に豊臣秀吉の命により豊臣秀長が和歌山城を築城の際に、秀吉が…
続きを読む →和歌山県有田郡は、古代からの安諦(あで)郡が平城天皇の諱(いみな、死後の尊称)・安殿(あて)に似て畏れ多いとして改称した在田郡の表記が江戸時代まで使われていました。湯浅町は天然の良港・湯浅広港が古来より産物の柑橘類等の物…
続きを読む →和歌山県庁所在地の和歌山市は、江戸時代は初期が浅野家で、後に御三家の紀州徳川家が治めた紀州藩の城下町です。古くは若山と称されていましたが、1585年(天正13年)に豊臣秀吉の命により豊臣秀長が和歌山城を築城の際に、秀吉が…
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