こんぶ土居、濃縮うどんそばだし・無酸処理のり佃煮・ミネラルいりこん / 大阪 大阪市中央区 1903年創業 (明治36年)
大阪市中央区は、大阪の伝統的業務地区で、1989年(平成元年)に110年間続いた旧東区と旧南区とが合併して生まれました。旧東区地域は谷町筋の東側が大阪城・難波宮跡や官公庁街で、北東端の城見には弁天島再開発の大阪ビジネスパ…
続きを読む →大阪市中央区は、大阪の伝統的業務地区で、1989年(平成元年)に110年間続いた旧東区と旧南区とが合併して生まれました。旧東区地域は谷町筋の東側が大阪城・難波宮跡や官公庁街で、北東端の城見には弁天島再開発の大阪ビジネスパ…
続きを読む →大阪府の北東部に位置する高槻市は、大阪市と京都市のちょうど中間にあり、抜群の交通利便性と豊かな歴史・自然を併せ持つ中核市です。地名の由来は、古くは「高月」と表記されていましたが、戦国時代に征夷大将軍をこの地の大きな槻(ケ…
続きを読む →大阪府東部中央(中河内地域)で大阪市に隣接する東大阪市は、奈良県(生駒市等)とも接して東部に生駒山系の山々が連なり、人口が大阪市・堺市に次ぎ府内3位で、東大阪市花園ラグビー場がラグビー聖地として知られています。江戸時代は…
続きを読む →墨田区吾妻橋は、隅田川を隔てて台東区浅草地区と結ぶ吾妻橋の東岸一帯。吾妻橋は竹町の渡しと呼ばれた渡し舟場跡に創架され、当初は大川橋と称されていました。橋近くには墨田区役所や金の炎のオブジェで知られるアサヒビール本社が所在…
続きを読む →青森県中央部(津軽地方北東部)で県庁所在地の青森市は、青森湾(陸奥湾の内湾)に臨み江戸初期から港町として発展しました。青森の地名は、寛永元年(1624年)に弘前藩が現・青森市に港町建設の際に海上からの目印だった“青い(緑…
続きを読む →長野県北信地方の長野市は県庁所在地であり、周辺観光地への玄関口となっています。地名は長野市一帯の善光寺平(長野盆地)が長い傾斜地で“長野”と称されてきたことが由来です。現県内の飯田から諏訪を経て諏訪大明神のお告げにより6…
続きを読む →昭和中期に旧下京区から分かれた京都市南区には、多数の大企業本社(日本電産・堀場製作所・任天堂・ワコール等)が立地しています。平安京鎮護の官寺として建立された東寺(教王護国寺、世界遺産)は嵯峨天皇から空海(弘法大師)に下賜…
続きを読む →北海道北中部の旭川市は、上川盆地の石狩川等の合流部にあり、人口が札幌市に次いで道内2位の道北地方の経済・産業・物流・文化の中心都市。1889年(明治22年)末の山縣有朋内閣閣議決定の上川離宮設置に際して、旧称の上川郡“忠…
続きを読む →茨城県南部の牛久(うしく0市は、江戸時代は山口氏(牛久陣屋)の牛久藩領で、1986年に稲敷郡牛久町から市となり、JR常磐線牛久駅周辺地域は東京や筑波研究学園都市のベッドタウンともなっています。牛久の地名由来には、牛久沼(…
続きを読む →山梨県の南西部から南部にかけての南巨摩(みなみこま)郡は1878年(明治11年)発足時の郡域から拡大され、現在は早川町・身延町・南部町・富士川(ふじかわ)町の4町が属し“峡南(きょうなん)”とも称されています。巨摩の由来…
続きを読む →鳥取県鳥取市は、全国最少人口・最小人口密度の県庁所在地で、山陰地方で京阪神方面からの東の玄関口となっています。鳥取の名については、古事記に捕鳥納税の記述があり、沼沢湿地帯に捕鳥狩猟民が居たとか、日本書紀に言語不自由な王子…
続きを読む →福井県敦賀市は旧越前国敦賀郡(県嶺南地方)ですが、木の芽峠で他の越前地域とは遮断されていて、江戸時代は小浜藩(若狭国)の支藩でした。地名由来には、崇神天皇の時代に朝鮮半島から渡来した“都怒我阿羅斯等(ツヌガアラシト)”に…
続きを読む →島根県東部で仁多(にた)郡は、江戸時代は出雲松江藩領で、現在は奥出雲町(おくいずもちょう)の1町のみが属していますが、1879年(明治12年)の行政区画郡発足時には、後の奥出雲町の大部分及び雲南市の一部が郡域でした。仁多…
続きを読む →世田谷区中央部の三軒茶屋(さんげんぢゃや)は、かつて荏原郡中馬引沢村(なかうまひきさわむら)・下馬引沢村・太子堂村等の一部で、1932年(昭和7年)の世田谷区発足時に正式に現地名となりました。江戸中期以降に社寺参詣者で賑…
続きを読む →富山県東部で新川地区の下新川(しもにいかわ)郡は、1896年(明治29年)の行政区画郡発足時には後の魚津市・黒部市も含んでいましたが、現在は入善町・朝日町の2町が属しています。郡名は富山湾に注ぐ常願寺川の古名・新川に由来…
続きを読む →山形県北西部(庄内北部)市で市北部に鳥海山がそびえ、日本海沖合に県内唯一の離島・飛島がある酒田(さかた)市は、1933年(昭和8年)に酒田町から旧市となり、昭和中期に4回の飽海郡飛島村等近隣村の編入を経て2005年(平成…
続きを読む →岩手県最南端で東北地方のほぼ中心に位置する一関市は2005年(平成17年)に3回目の近隣町村との合併で現様となりました。地名の由来には、平安後期に安倍氏が築いた一の関~三の関の砦説・平安末期に奥州藤原氏が設置した関所説・…
続きを読む →岩手県最南端で東北地方のほぼ中心に位置する一関市は2005年(平成17年)に3回目の近隣町村との合併で現様となりました。地名の由来には、平安後期に安倍氏が築いた一の関~三の関の砦説・平安末期に奥州藤原氏が設置した関所説・…
続きを読む →香川県の県庁所在地である高松市は、江戸時代は高松松平家(水戸徳川家の分家)が治める高松藩の城下町として、瀬戸内海に面する港町として栄えました。高松の由来には高松郷(現・古高松地区)辺の大きな高い松による等の諸説があります…
続きを読む →長野県南部(南信地方)の上伊那郡は、江戸時代は幕府・信濃高遠藩領等で、1879年(明治12年)の行政区画郡発足時は後の伊那市・駒ケ根市・下伊那郡松川町一部を含んでいましたが、現在は辰野町・箕輪町・飯島町・南箕輪村・中川村…
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