かろのうろん、ごぼう天うろん & かしわおにぎり / 福岡 福岡市博多区 1882年創業 (明治15年)
福岡市は、那珂川を境に、福岡藩黒田氏の武家町“福岡”と古来からの国際貿易港・商人町の“博多”として永らく栄えてきましたが、明治初年に統合され福岡(当初は福博)となりました。博多地区は今や大企業支社が集積するビジネス街とな…
続きを読む →福岡市は、那珂川を境に、福岡藩黒田氏の武家町“福岡”と古来からの国際貿易港・商人町の“博多”として永らく栄えてきましたが、明治初年に統合され福岡(当初は福博)となりました。博多地区は今や大企業支社が集積するビジネス街とな…
続きを読む →京都府中西部で旧丹波国最南端にあり亀岡盆地のほぼ中央を大堰川・保津川(桂川)が流れる亀岡市は、1955年(昭和30年)に南桑田郡亀岡町及び15村の合併で発足し、近隣町村編入等を経て現市域となり、京都市・宇治市に次いで府内…
続きを読む →昭和初期に旧下京区から分かれた鴨川東側の京都市東山区では、祇園・宮川町などの花街や、四条河原町(中京区・下京区)や新京極・先斗町(中京区)に連なる鴨川・三条大橋周辺の三条京阪等の繁華街が賑わっています。 八坂神社・知恩院…
続きを読む →静岡県中部の藤枝(ふじえだ)市は、静岡市のベッドタウンでもあり、サッカーが盛んな都市。地名由来には、後三年の役(1083~1087年)で奥州下向の源義家が若一王子神社(にゃくいちおうじじんじゃ)裏山の古松に蔦が絡まる藤の…
続きを読む →愛知県中央部の岡崎市は、豊田市と共に西三河地方を代表する都市。かつては三河国の額田郡(一部は碧海郡)で徳川家康など多くの三河武士を輩出し、代々名門譜代大名が治めた三河藩岡崎城の城下町として、中世の鎌倉街道や東海道53次藤…
続きを読む →和歌山県庁所在地の和歌山市は、江戸時代は初期が浅野家で、後に御三家の紀州徳川家が治めた紀州藩の城下町です。古くは若山と称されていましたが、1585年(天正13年)に豊臣秀吉の命により豊臣秀長が和歌山城を築城の際に、秀吉が…
続きを読む →北海道北西部(天塩国)の留萌振興局管内南部で日本海側沿岸の増毛(ましけ)郡は、1879年(明治12年)の行政区画郡発足以来、増毛町(ましけちょう)のみが属しています。江戸時代は、松前氏家臣が蝦夷(アイヌ)と交易する知行地…
続きを読む →群馬県の中南部で県庁所在地の前橋市。江戸時代は前橋藩で、1601年(慶長6年)から約150年(9代)に亘り徳川氏譜代の酒井氏治世で、その後に姫路藩から移った松平氏、明治直前に松平氏が再度復帰するまでの99年間は川越藩前橋…
続きを読む →島根県の県庁所在地 松江市は、1607年(慶長12年)に堀尾吉晴が大橋川北側の末次の地に築城した際に中国・杭州の西湖畔“淞江(ずんごう)”に似た風景として、宍道湖を西湖に見立て命名されました。江戸時代は徳川家康嫡男系統の…
続きを読む →愛媛県中部で県庁所在地の松山市は、四国地方最大の都市。徳川家康に味方した豊臣秀吉子飼衆の加藤嘉明が伊予国正木城(現・伊予郡松前町)から伊予国温泉郡(現・松山市)の領主となり、松山と命名して伊予松山藩を立藩し、松山城を築い…
続きを読む →愛媛県中部で県庁所在地の松山市は、四国地方最大の都市。徳川家康に味方した豊臣秀吉子飼衆の加藤嘉明が伊予国正木城(現・伊予郡松前町)から伊予国温泉郡(現・松山市)の領主となり、松山と命名して伊予松山藩を立藩し、松山城を築い…
続きを読む →青森県西部(津軽地方)の弘前(ひろさき)市は、江戸時代は弘前(津軽)藩領で、町村編入・合併を経て現市となった青森市・八戸市に次ぐ県内3番目の都市です。かつては高台の城地や多くの鷹生息地が由来とされる高岡あるいは鷹岡(鷹ヶ…
続きを読む →香川県中部~中南部(中讃地域)の仲多度(なかたど)郡は、琴平(ことひら)町・多度津(たどつ)町・まんのう町の3町が属しています。琴平町は1890年(明治23年)に那賀郡琴平村(旧・金毘羅村)から旧町となり、1955年(昭…
続きを読む →宮崎県南東部の県庁所在地・宮崎市は、日向灘に注ぐ大淀川が中央を流れている宮崎平野南端に位置する場所。市名は旧宮崎郡に由来し、“神社の前(さき)”の意味とされています。青島・宮崎神宮・フェニックスシーガイアリゾート等の名所…
続きを読む →有明海から背振山地までを縦断する県庁所在地の佐賀県佐賀市。戦国時代まで佐賀平野中心部の一農村でしたが、江戸時代に鍋島氏の佐賀藩城下町として、長崎街道の宿場町として発展しました。有明海沿岸は日本一の養殖海苔産地で、食品等の…
続きを読む →奈良県の中部から南部にかけての吉野郡は、現在は吉野町・大淀町・下市町・黒滝村・天川村・野迫川村・十津川村・下北山村・上北山村・川上村・東吉野村の3町8村から成っています。県南部の下市町は平安時代から吉野の入口であり、下市…
続きを読む →新潟県庁所在地である新潟市の中央区は、市内で最小面積・最大人口の区で、官公庁出先機関や大企業支店等が集積する県・市の行政・経済の中心地です。明治以来の花街も残り県随一の繁華街である古町を中心とする信濃川左岸側は1972年…
続きを読む →福岡県南部の柳川市は筑紫平野の平坦地にあり、市内を掘割が縦横に巡る“水郷”の町です。地名は今も堀端に多く生えている柳の木に由来するとされています。戦国期に蒲池氏の柳川(河)城下となり、安土桃山期に短期の立花氏を経て岡崎城…
続きを読む →東京都八王子市は、安土桃山時代に北条氏照が築城して神仏習合の神・牛頭天王(ごずてんのう)の8人の王子神・八王子権現を祀り“八王子城”と命名したことが地名の由来。徳川家康は交通要衝で軍事拠点であることから八王子千人同心を配…
続きを読む →京都市上京(かみぎょう)区は、市の中心部に位置して東側を鴨川が流れ、京都府庁が立地する場所。平安末期頃に二条通をほぼ境にして平安京の北側を上辺・南側を下辺と称し、中世にそれぞれ上京・下京となりました。市内北区にかけては、…
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