大橋屋酒店、角打ちで日本各地の酒を飲む / 東京 墨田区両国 1895年創業 (明治28年)
江戸時代初期に隅田川に架橋された大橋は、旧武蔵国と旧下総国とを結ぶことから両国橋と称されるようになりました。当時の両国は隅田川西側(現・中央区東日本橋)を多くは指し、東側の墨田区両国は向両国(むこうりょうごく)と称されて…
続きを読む →江戸時代初期に隅田川に架橋された大橋は、旧武蔵国と旧下総国とを結ぶことから両国橋と称されるようになりました。当時の両国は隅田川西側(現・中央区東日本橋)を多くは指し、東側の墨田区両国は向両国(むこうりょうごく)と称されて…
続きを読む →青森県中央部(津軽地方北東部)で県庁所在地の青森市は、青森湾(陸奥湾の内湾)に臨み江戸初期から港町として発展しました。青森の地名は、寛永元年(1624年)に弘前藩が現・青森市に港町建設の際に海上からの目印だった“青い(緑…
続きを読む →長野県南部(南信地方諏訪地域)で諏訪湖西岸に接する岡谷(おかや)市は、江戸時代は諏訪藩(高島藩)領で、1936年(昭和11年)に諏訪郡平野村が改称して(町制を経ずに)市となり、昭和中期3回の同郡近隣村編入・一部分離で現市…
続きを読む →長野県北信地方の長野市は県庁所在地であり、周辺観光地への玄関口となっています。地名は長野市一帯の善光寺平(長野盆地)が長い傾斜地で“長野”と称されてきたことが由来です。現県内の飯田から諏訪を経て諏訪大明神のお告げにより6…
続きを読む →長野県北信地方の長野市は県庁所在地であり、周辺観光地への玄関口となっています。地名は長野市一帯の善光寺平(長野盆地)が長い傾斜地で“長野”と称されてきたことが由来です。現県内の飯田から諏訪を経て諏訪大明神のお告げにより6…
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続きを読む →昭和初期に旧上京区から分かれて生まれた京都市左京区は、京都から北陸への玄関口として古くから複数の“鯖街道”(海産物運送道)が走っていました。北部は林業が盛んな山間地で田畑も多く、南部は文教地区や住宅地です。東山慈照寺(銀…
続きを読む →石川県庁所在地の金沢市は、江戸時代は加賀・能登・越中の三国を治めた加賀藩(102万5千石)前田家の城下町として繁栄。金沢の地名は、芋掘り藤五郎が山芋洗いの際に砂金が出た“金洗いの沢”(“金城霊澤”、兼六園内の金沢神社隣の…
続きを読む →三重県北西部の伊賀市は、2004年(平成16年)に上野市と阿山郡伊賀町等の2町3村とが合併して発足し、中心地区である旧上野市の市街地は江戸時代の藤堂高虎築城以来の伊賀上野藩の城下町として栄えました。地名由来は、伊賀には“…
続きを読む →三重県桑名市は、桑名開発の祖である豪族・桑名首(くわなのおびと)の名に由来してその名がとられた街(諸説あり)。木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)の河口に立地し、平安時代より京都周辺と尾張以東との間の物資輸送中継点として、…
続きを読む →東京都多摩地域南部の町田市は、神奈川県側に細長い市域が大きく突き出ており、1960年代以降は東京都区部・郊外のベッドタウンとして発展してきて、私立大学等の多数の教育機関が点在し、鉄道・道路網が発達し、小田急電鉄・JR町田…
続きを読む →大阪府堺市北西部の堺区は、安土桃山時代に有力商人の会合衆(えごうしゅう/かいごうしゅう)が自治運営して繁栄した中世以来に環濠都市だった地域を含み、市役所等の官庁・シティホテル・百貨店等の商店が集積して市の中心部となってお…
続きを読む →愛媛県南部(南予地方)の大洲(おおず)市は、江戸時代は大洲藩領(大洲城下町)で、1954年(昭和29年)の喜多郡9村(粟津村・大川村・上須戒村・菅田村・新谷村・平野村・南久米村・三善村・柳沢村)合併で発足した旧市が195…
続きを読む →愛媛県中部で県庁所在地の松山市は、四国地方最大の都市。徳川家康に味方した豊臣秀吉子飼衆の加藤嘉明が伊予国正木城(現・伊予郡松前町)から伊予国温泉郡(現・松山市)の領主となり、松山と命名して伊予松山藩を立藩し、松山城を築い…
続きを読む →佐賀県中央部の小城(おぎ)市は、県庁所在地の佐賀市に隣接し南部は有明海に面しています。地名は土蜘蛛(つちぐも、上古の反朝廷土豪)防御用の堡(おき、砦)に由来するとされています。小城町旧市街地は小京都と称され、小城公園内の…
続きを読む →富山県西部(呉西:呉羽山より西の地域)で砺波地区の南砺(なんと)市は、江戸時代は加賀藩領で、2004年(平成16年)に東礪波郡の福野・井波町・城端町・平村・上平村・利賀村・井口村と西礪波郡の福光町との合併で発足し、古来の…
続きを読む →青森県中央部で十和田八幡平国立公園の北西口となる黒石(くろいし)市は、1954年(昭和29年)に南津軽郡黒石町と4村との合併で発足し、1956年(昭和31年)に同郡尾上町追子野木を編入して現市域となりました。江戸時代は黒…
続きを読む →長野県松本市は、戦国時代に小笠原氏の築城とされる松本藩 松本城(戦国時代は深志城)の城下町。市の中心市街地一帯は古くは湿地帯由来の深瀬郷(深志郷)・荘園由来の庄内等と称され現在も女鳥羽川を挟んだ北深志・南深志や庄内・本庄…
続きを読む →三重県中部(中勢地域)の伊勢湾に面した松阪(まつさか、“まつざか”は誤読)市は、1889年(明治22年)に多数町村合併での飯高郡松阪町の発足以前は地名を“松坂”と表記しており、1933年(昭和8年)に市制施行の旧・松阪市…
続きを読む →江戸時代に置かれた銀貨幣鋳造所(銀座)に地名を由来する中央区銀座は、明治時代に文明開化を象徴する町として銀座煉瓦街が建設されて栄えてきました。現在の銀座8丁目付近で芸妓能楽師に因んで称された金春(こんぱる)芸者で賑わった…
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