愛知のういろ文化を生み出した餅文総本店 / 愛知 名古屋市南区 1659年創業 (万治2年)

愛知県庁所在地である名古屋市南部の南区は、明治1908年(明治41年)発足の南区(現区域は含まず)に、(現区域の)愛知郡呼続町・笠寺村が1921年(大正10年)に編入され、1937年(昭和12年)に熱田区・中川区・港区・昭和区(一部)が分区されて現市域となりました。中世から尾張藩領(一部は尾張徳川家附家老の美濃今尾藩領)の江戸時代に新田開拓が進むまでは製塩業が盛んで、明治から昭和の伊勢湾台風被害までは愛知海苔(あゆち海苔)の中心生産地であり、台風以降は中西部中心に鉄鋼・金属・機械・化学などの中小等の工場地帯として発展し、町工場・住宅地・商業地が混在しています。笠覆寺(りゅうふくじ、笠寺観音)等の寺社・城址・遺跡等が多い市内には、老舗の和菓子店が残っています。

1659年創業、日本最古の外郎販売店 餅文総本店

豊田本町駅から徒歩11分ほど、名古屋駅から車で25分前後の場所にある 餅文総本店。1659年(万治2年)に尾張藩の御用商人だった餅屋文蔵氏が袋町(現、中区錦3丁目)に創業した外郎(ういろ)屋さんとなります。餅屋文蔵氏は尾張藩2代藩主・徳川光友公に仕えた陳元賛氏から、ういろの製法を学んだとされています。

外郎の発祥については諸説ありますが、餅文総本店さんに伝わるお話としては、元の国の礼部員外郎職(薬を使う職業)の陳宗敬氏が筑前博多に伝えた咳止め薬・透頂香の別名が外郎とされ、透頂香似ていた菓子のほうが外郎もちと呼ばれるようになりました。その外郎を前述の陳元賛氏が餅文総本店に伝えた、とのことです。ういろうといえば、小田原にある1368年創業・外郎家のういろうも有名ですが、小田原のういろうさんはお菓子のういろうを売り出したのは明治に入ってのことなので、お菓子のういろう(ういろ)を日本で一番最初に売り出したのは餅文総本店さんとなるそうです。

という、前段が長くなりましたが餅文総本店さんお本店外観です。和モダンでカッコ良い空間でした。 焼き菓子や生菓子も販売されておりましたが、ディスプレイを占めるのはういろです。物凄いバリエーション!
こちらは献上ういろです。尾張徳川家に献上をしていたういろなのです。

こちらは極上外郎。パッケージもキラキラしていて高級感あります。

最近人気商品だと伺ったのが、わらびういろ。一般的なういろにわらび餅が入っています。 こちらは新米ういろ。季節限定商品なのかな。 今回せっかくなので極上外郎しらうめのハーフサイズを買ってきました。 購入したしらうめは、外郎の白にあたります。もっちり度が尋常じゃなくってめちゃくちゃ美味しいです。

わらびういろも複数買ってきました。

ぷるぷるしていて美味しい。わらび餅食感に、ういろの優しい甘さが加わってほんと美味しい!

こちらは濃い抹茶わらびういろ。この食感凄く良いね。

前にもどこかで書いたのですが、いつの頃からかういろは好きでなくなっていたんです。どちらかというとぽそぽそした食感で、甘さも控えめで、といった印象が強くって。老舗訪問活動を始めて、改めてきちんと作られたういろを食べてみると、もっちりした食感と程よい甘さが、唯一無二な味になっていて、むしろ大好きな食べ物になりました。そんなういろを日本で始めて販売した餅文総本店さんにはリスペクトしかありません!

↓楽天では、ふるさと納税でわらびういろが購入できますよ。

 

——–餅文総本店 基本情報———-
〇創業年 1659年創業 / 万治2年創業
〇営業時間
・9:00~18:00
※元旦のみ 定休日
〇住所
愛知県名古屋市南区豊2丁目36-24
(公式サイト)⇒ 名古屋ういろの元祖「餅文総本店」オフィシャルホームページ

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