マツコも絶賛した米吾の吾左衛門鮓、めっちゃ美味しかった! / 鳥取 米子 1902年創業 (明治35年)

鳥取県米子市は、1601年(慶長6年)に中村一忠が11歳で伯耆国17万5千石領主となって翌年の米子城築城で城下町となり、同14年一忠急逝後は加藤氏を経て池田氏が治めました。米子の地名由来には、賀茂神社境内の“よなぐ井(米を研ぐ井戸)”転じて“よなご井”から“よなご”説・同井戸での水浴で八十八歳懐妊説(八十八を縦に繋いだ字の米と子)等の諸説があります。江戸時代初期から商業都市として発展し、現在も各自動車道・JR米子駅・米子空港・境港が所在して山陰唯一の交通の要衝となっています。米子城等の城址・住宅等歴史的建造物・名水など観光名所も多く、日本トライアスロン発祥地と知られる皆生(かいけ)温泉は山陰最大の温泉地です。松葉蟹・白葱・二十世紀梨・緑茶等の特産品や“いただき(田舎飯油揚包み)”・鯖寿司等の郷土料理も豊富で、市内には老舗の飲食店・和菓子店・食品店が多数残っています。

1902年創業、マツコ・デラックスも絶賛した吾左衛門鮓を製造・販売する 米吾

米子駅の構内に吾左衛門鮓(ござえもんすし)で有名な、米吾の直営店があります。米吾の創業は、駅弁を始めた1902年(明治35年)を創業年とされていますが、その歴史は江戸時代の中期、約300年前の廻船問屋まで遡ることができるそう。

交通の要衝であった米子で廻船問屋と米屋を営んでいた米吾さんですが、時代の変化から両ビジネスを廃業し、1874年(明治7年)に米子港近くに米子を代表する旅館として知れることになる米五館を開業されます。その米五館には板垣退助や小泉八雲をはじめとした各界の著名人も宿泊されたそうですよ。

そんな米五館は山陰線 開通工事の責任者であった石丸重美氏も宿泊し、山陰線開通にあたったそう。その時に協力を惜しまなかった米五館は、1902年(明治35年)の山陰線の開通時に、その功労が認められ駅構内での販売を許可されました。これが米吾の創業にあたり、今に続く駅弁店の始まりとなりました。大盛況となった駅弁商売に集中するため、1912年(明治45年)米五館を閉館され、今の米吾さんの形が出来上がったそうです。

そんな米吾さんの直営店が、米子駅構内にあります。吾左衛門鮓を全面に押し出されています。

こちらが噂の吾左衛門鮓。知り合いからも、「本当に美味しいから!」と太鼓判を押されまくってきましたw。

冒頭にも書きましたが、吾左衛門鮓はマツコ・デラックスさんが大絶賛されたそう。期待値上がりますね!

そんな吾左衛門鮓ですが、5貫入りの小さめサイズもあったのそちらを購入。美味そうだなぁ。

蓋を開けると、吾左衛門鮓の由来が書いてあります。廻船問屋であった際に船子の健康に配慮して作った鯖寿司が、吾左衛門鮓の始まりだったのだとか。鯖の説明も載っていました。寒鯖に、鳥取県産のお米、北海道産の真昆布を使われています。楽しみだなぁ。パッケージを開けると、こんな感じで入っています。

横から見るとこんな感じ。昆布の旨みと、鯖の美味しさ、それをまとめてくれる酢飯、と、絶賛の意味が理解できる美味しさ。これ凄いな。 ちなみに店内で食べたところ、お吸い物も出して頂けました。これ、絶対店内で食べたほうが良いね!

米吾さんの吾左衛門鮓、みんなが絶賛する理由が食べて良くわかりました。吾左衛門鮓ほんと美味しいよ。
鯖好き、押し寿司好きは全員食べるべきだ、と思うので、是非皆さん米子に行って食べてください!と思ったのですが、米吾さんのウェブサイトを見る限り、日本全国、特に東京には沢山の委託販売先がありました。都内でもう一度食べられるなんて超嬉しい!新橋にあるとっとり・おかやま新橋館に行って、一人米子振り返り会でもやろうかなw。

———米吾 基本情報———-
〇創業年 1902年創業 / 明治35年創業
〇営業時間
・7:00~18:30 (オーダーストップ:18:15)
※年中無休
〇住所
鳥取県米子市弥生町2(米子駅構内)
(公式サイト)⇒ 吾左衛門鮓の米吾

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