東京 日本橋 喫茶去 快生軒 (創業1919年)

江戸時代には後に浅草裏手に移転するまでは吉原遊郭があり、その後は浅草に芝居小屋が集められるまで歌舞伎の中村座・市村座や人形芝居の結城座などがあった中央区日本橋人形町。人形を制作・販売する店が並び、人形遣いが多く住んでいたことが地名の由来だといわれています。永らく芳町花街として栄えてきた一帯には老舗が多く残っており、人形町通りや甘酒横丁を中心に老舗の飲食店や和菓子店や食品店などが連なっています。

そもそも、ミルクホールって?

ここ快生軒は大正8年にミルクホールとして誕生した喫茶店です。
さてこのミルクホールって何?と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
その名の通りミルク・牛乳を提供していた飲食店ということです。喫茶店と似たようなものですが時は明治時代。政府の方針で日本人の体質改善に牛乳を飲むことが推薦されていました。
そして牛乳を提供する飲食店が増え始めビアホールも出来始め「ホール」という言葉が流行っていた所から
そうした店がミルクホールと呼ばれるようになったようです。

「お茶でも召し上がれ」

店の前に「創業大正8年」と書かれた看板がお出迎え。
両隣の玉ひで(1760年創業)小春軒(創業1912年)ここ快生軒(創業1919年)100年以上の老舗が立ち並ぶ凄い通りです。

店の中はと言うと雰囲気も昭和レトロで昔懐かしいノスタルジックな雰囲気が漂っており、お客さんが思い思いにくつろいでいるのが見受けられます。

店名「喫茶去 快生軒」は人形町にある安産祈願の水天宮にちなみ、快く生れるとかけて「快生軒」と初代が命名しました。
そして「喫茶去」禅の言葉で「お茶でも召し上がれ」という意味なのだそうです。
なんと人情味のある店名。暖かさが伝わってきますね。

50年変わらない豆の配合

食後のコーヒーと甘いものが入れたくなったのでコーヒーとケーキを注文。
メニューにはクリームソーダやトーストなど喫茶店ならではのメニューが並びます。
このお店の食事メニューはトーストだけです。このシンプルさが心地よい感じが受けるのは私だけでしょうか。
そしてコーヒーの豆の配合は50年近く変えていないのこと。
この店の時間だけゆっくり動いているような、昔のままのような。そんな気分になりました。

著名人も訪れてお店

作家・向田邦子さんがご贔屓にしていたことも有名な快生軒です。お店の席で原稿の案を練ったり書いたりしていたのでしょうか。そして阿部寛主演のドラマ「新参者」でもこのお店は度々登場しています。
作家さんや役者さんが席に座っていたと思うと、なんだか良い気持ちになりますね。
明治座が近くにあり、舞台前や後に立ち寄られる方も多いことでしょう。

ここ人形町で様々な人の憩いの場として、
そして人形町らしいずっと昔から変わらない喫茶店なのだとコーヒーを飲みながらふと思うのでした。

———-快生軒 基本情報———-
・創業1919年(大正8年)
営業時間
[月~金]
7:00~19:00
[土]
8:00~15:00
朝食営業

・住所
東京都中央区日本橋人形町1-17-9

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