多田フィロソフィの、淡路島の藻塩 / 兵庫 南あわじ市 1673年創業 (延宝元年)
兵庫県最南端(淡路島最南端)で播磨灘・鳴門海峡・紀伊水道に面して、紀伊水道北西部の沼島(ぬしま)を含む南あわじ…
続きを読む →兵庫県最南端(淡路島最南端)で播磨灘・鳴門海峡・紀伊水道に面して、紀伊水道北西部の沼島(ぬしま)を含む南あわじ市は、2005年(平成17年)の三原郡全町(三原・緑・西淡・南淡の4町)合併で発足し、鳴門海峡(大鳴門)再狭部を徳島県鳴門市と結ぶ吊橋の大鳴門橋や鳴門の渦潮で知られています。淡路の地名は阿波路(阿波国への道)が転訛したとされており、古事記の国生み神話上では伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)が生んだ日本最初の島とされており、江戸時代は蜂須賀氏の阿波藩領(城代・稲田氏)でした。少雨のため農業用溜池が多く存在し、三毛作が行われ、米・淡路島玉葱等の露地野菜・蜜柑・枇杷・カーネーション・淡路ビーフ・淡路島牛乳・漁獲物(鱧・太刀魚・いかなご・ちりめんじゃこ等)・養殖物(淡路島3年とら河豚・はまち・海苔・わかめ等)・魚肉練製品・鯛麺や淡路瓦(三州・石州と共に日本三大瓦)等の特産品・名物があり、市内には老舗の和洋菓子店・食品店・旅館などが残っています。
兵庫県最南端(淡路島最南端)で播磨灘・鳴門海峡・紀伊水道に面して、紀伊水道北西部の沼島(ぬしま)を含む南あわじ…
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