塩屋櫻井、栗もなかを食べる / 長野 上高井郡小布施町 1808年創業 (文化5年)
長野県北東部の上高井郡は、江戸時代は信濃松代藩・信濃須坂藩・幕府直轄領等で、明治初期の郡発足時には現在の須坂市・長野市松代町等を含んでいましたが、現在は小布施町(おぶせまち)及び山田温泉等の信州高山温泉郷で知られる高山村…
続きを読む →長野県は、かつての信濃国(信州)にほぼ相当し、江戸時代は松代・松本・上田等の十数藩と善光寺・戸隠神社・諏訪大社等の寺社領や天領・諸藩飛び領でした。長野の地名は善光寺門前町として発展した県庁所在地の長野市一帯の善光寺平(長野盆地)が長い傾斜地で“長野”と称されてきたことが由来です。日本最多の8県と接し、「信濃の国」(県歌)にある“松本・伊那・佐久・善光寺”の4区分通りに北信(長野市等)・東信(佐久市・上田市等)・中信(松本市・木曽郡・北アルプス地域等)・南信(上伊那・南信州・諏訪各地域等)の風土・歴史等の異なる地域から成っています。山岳渓谷(北・中央・南アルプスや八ヶ岳・御嶽山・浅間山・天竜峡等)・高原(軽井沢・志賀・上高地・蓼科等)・湖(野尻湖・諏訪湖等)などの自然景観やスキー場・温泉(浅間・別所・戸倉上山田等)も極めて多く、寺社(善光寺・諏訪大社等)・城や城址(松本・上田・小諸・高遠等)・伝統的文化的建築物街並み(妻籠宿・奈良井宿・旧開智学校等)など観光名所が目白押しです。味噌・清酒・養命酒・蕎麦・寒天・凍豆腐・野沢菜漬・珍味(いなご・蜂の子・ざざ虫佃煮)・山葵・唐辛子・・馬刺し・佐久鯉料理・やたら漬・山菜料理・山賊焼・市田柿・みすず飴・おやき・五平餅等の特産物・地場食品・郷土の料理・菓子も豊富で、県内には老舗の飲食店・和洋菓子店・食品店が多数点在しています。
長野県北東部の上高井郡は、江戸時代は信濃松代藩・信濃須坂藩・幕府直轄領等で、明治初期の郡発足時には現在の須坂市・長野市松代町等を含んでいましたが、現在は小布施町(おぶせまち)及び山田温泉等の信州高山温泉郷で知られる高山村…
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続きを読む →長野県松本市は、戦国時代に小笠原氏の築城とされる松本藩 松本城(戦国時代は深志城)の城下町。市の中心市街地一帯は古くは湿地帯由来の深瀬郷(深志郷)・荘園由来の庄内等と称され現在も女鳥羽川を挟んだ北深志・南深志や庄内・本庄…
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続きを読む →長野県南部で伊那谷北部の伊那(いな)市は、1954年(昭和29年)に上伊那郡の伊那町・富県村・美篶村・手良村・東春近村・西箕輪村が合併して発足した旧・伊那市が、同年の中箕輪町への一部転出と1965年(昭和40年)の同郡西…
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続きを読む →長野県最南部(南信地方)の飯田市は、1937年(昭和12年)の下伊那郡飯田町・上飯田町合併で発足した旧市が1956年(昭和31年)の同郡7村合併で現市となり、昭和の中期・末期と平成の初期・中期5回の同郡2町6村編入で現市…
続きを読む →長野県北部(北信地方長野地域)で千曲川東岸の須坂(すざか)市は、江戸時代は須坂藩の陣屋町で、1954年(昭和29年)に上高井郡須坂町が市となり、1955年(昭和30年)に同郡2村を、1971年(昭和46年)に同郡1村をそ…
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