東洋軒の大分名物 元祖とり天が最高だったことを皆さんにお伝えしたい / 大分 別府 1926年創業 (大正15年)

大分第二の都市、別府。温泉地として知られる同地は、日本の総源泉数の約10分の1を占める日本最大の温泉地。古くは8世紀初期に編纂された”伊予国風土記”に登場したこの地は、明治初期の別府港完成を機に温泉都市へと発展を遂げました。そんな温泉街の老舗に伺いました。

1926年創業、大分名物となった”とり天”発祥のお店 東洋軒

別府駅から車で10分ほどの場所にある 東洋軒。1926年(大正15年)に、帝国ホテル等の勤務を経て、当時の天皇料理番となった宮本四郎氏によって創業された、大分初の本格レストランです。東洋軒さんが、その名を知られているのは、今や大分を代表する名物となった”とり天”発祥のお店であるためです(とり天の発祥については諸説あります)。

という東洋軒さんの看板がこちら。とり天発祥の店、の看板が眩しい!

こちらが店舗外観です。超、がつく人気店で、平日午後13時過ぎに伺ったのですが1時間近く待ちました。

お店に入りました。メニュー表に風格を感じます。

1ページ目には東洋軒さんの歴史が。茨城県生まれの初代 宮本四郎氏は神戸オリエンタルホテル、東洋軒(東京・三田)、帝国ホテル、帝劇「有楽座」、大阪ホテル、台湾総督府鉄道ホテルと、華々しい経歴。別府にレストランを作ることになったきっかけは、大正13年に別府に立ち寄ったことがきっかけだそう。そしてとり天がこちら。別府とり天と書かれているのは、大分市内に別のとり天発祥をうたうお店があるからなのか、と邪推したり(といっても、東洋軒さんのほうが歴史はかなり古いです)。
東洋軒さんのとり天は昭和初期に「鶏ノカマボコノ天麩羅」としてが初出だそうです。

ということで、やってきました元祖とり天。ご飯と卵スープ、漬物のシンプルなセット。 少しアップで。衣がジューシーで、鶏肉が甘い。最近東京でもとり天食べられる店増えてきましたが、もう日本を代表する食べ物にしちゃっていいんじゃないかと思うぐらい好きです。

順番前後しますが、かぼす酢醤油をつけて頂くのも美味しいそうです。かぼすの酸味が、甘いとり天にパンチを与えてくれて、一気に大人の食べ物に変化します。この変化率凄いな。

大人気の東洋軒さん、メディアにもよく出演されています。最近だとKis-My-Ft2の二階堂さんと、千賀さんがいらっしゃったそうですよ。

こちらは店舗の出口の様子。昔の写真やメニューが沢山飾られています。

読み取りは難しいかもですが、こちらが大正時代のメニュー

そして昭和初期のメニューも。こういうのが残っている老舗店珍しいので、つい見入っちゃいました。

ずっと行きたいと思っていた東洋軒さん、ついに伺うことが出来ました。大好きなとり天の発祥のお店、想像以上に美味しくって嬉しくなっちゃいました。待ち時間の長さを考慮に入れておらず、その後のスケジュールを変更することになってしまったもののw、それ以上に伺えた満足感のほうが高いです。別府訪問時の東洋軒さん訪問、マストだと思います。

——-東洋軒 基本情報———-
〇創業年 1926年創業  /  大正15年創業
〇営業時間
・[月~金]
11:00~15:30(L.O.15:00)
17:00~22:00(L.O.21:00)
・[土・日・祝] 11:00~22:00(L.O.21:00)
※年中無休
〇住所
大分県別府市石垣東7-8-22
(公式サイト)⇒ とり天発祥の店 中華料理レストラン東洋軒 / 大分県別府市 – 大正15年創業以来、別府の食文化の顔として多くの人々に愛されてきた大分県別府市レストラン東洋軒は、中華料理を主体とした大分の郷土料理である名物元祖とり天発祥の店です。現在は別府とり天の名で全国に広まってます。

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