三宅製餡の和じぇらーと、古都華いちご・大和抹茶・あずき / 大阪 大阪市生野区 1907年創業 (明治40年)
大阪府庁所在地である大阪市の生野(いくの)区は、江戸初期以降は幕府直轄領で、1943年 (昭和18年)に東成区…
続きを読む →大阪府庁所在地である大阪市の生野(いくの)区は、江戸初期以降は幕府直轄領で、1943年 (昭和18年)に東成区からの分離で発足し、1955年(昭和30年)に中河内郡巽町を編入して現区域となりました。推古天皇期の裕福な生野長者の発声不能の子が、聖徳太子から前世で太子侍童だった時に預けた3舎利を返せと言われて吐き出して、初めて言葉を発することができ、太子が舎利を四天王寺・法隆寺・長者に賜り、長者は舎利尊勝寺を建立したとの伝説に因んだ前身の村名を継承して区名となりました。生野の地名由来には、古代の仁徳天皇時代に百済(くだら)渡来人が多く百済郡と称され、その豚(猪)飼育技術から、東成・生野区一帯を称した“猪飼野(いかいの)”転訛説もあります。全国有数の外国人居住率が高い自治体であり、鶴橋・今里新地地域にはコリアンタウンが形成され多数の韓国料理店があります。田島の眼鏡レンズ等のガラス・ゴム工業で知られ、個人商店・中小企業が多い中で、ロート製薬・フルタ製菓・ノーベル製菓等の本社・工場等も立地し、老舗の製菓会社なども残っています。
大阪府庁所在地である大阪市の生野(いくの)区は、江戸初期以降は幕府直轄領で、1943年 (昭和18年)に東成区…
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