【22/1/11閉店】日乃出煎餅で、堅さが売りの天日干し手焼きせんべい / 東京 浅草 1913年創業 (大正2年)
日乃出煎餅さんは、2022年1月11日をもって閉店されたと公式サイトで発表されています。入山せんべいさんに続き、浅草の老舗お煎餅屋さんがなくなったのは残念でなりません…。 —以下は訪問時の記事です ̵…
続きを読む →浅草寺と寛永寺とのそれぞれの門前町として江戸時代から繁栄してきた浅草と上野とを中心とした東京でも極めて古い市街地である東京都台東区。江戸時代には文人墨客や町人による元禄文化が栄え、明治時代からは上野の博物館や美術館の建設による芸術文化の発信地となり、桜並木など緑も豊かで古い町並みや建物も随所に残って、各所に大小の老舗の飲食店・和洋菓子店・食品店などが数多く息づいている東京の代表的な老舗の聖地の一つとなっています。
日乃出煎餅さんは、2022年1月11日をもって閉店されたと公式サイトで発表されています。入山せんべいさんに続き、浅草の老舗お煎餅屋さんがなくなったのは残念でなりません…。 —以下は訪問時の記事です ̵…
続きを読む →台東区西浅草には東本願寺を始め多くの寺院や、調理・厨房用品・食器等の専門店街である合羽橋(かっぱばし)道具街があります。かつては国際通り沿いに、昭和初期~末期まで通り名の由来となった松竹歌劇団(SKD)の本拠地で東京を代…
続きを読む →浅草雷門の南方で蔵前の北方の台東区寿(ことぶき)は、事務所・仏具店等の古くからの商店・寺院などがある閑静な住宅地で、東京メトロの田原町駅や都営地下鉄の蔵前駅・浅草駅が最寄りです。明治3年(1870年)に石浜・真砂・黒沢・…
続きを読む →浅草は、都内最古の寺である金龍山浅草寺の門前町として古くから栄えた街。江戸時代には多くの武士・商人や文人墨客などが浅草に集まって江戸文化を育んできました。明治になって六区画(一時期は七区画)の浅草公園となって、六区は劇場…
続きを読む →台東区北部の下谷地域で入谷・千束(旧吉原)等に隣接する竜泉(りゅうせん)は寺院・住宅や店舗・業務ビル等が混在している町です。慶長~元和(1596~1624年)頃に創建された龍泉寺の所領で龍泉(竜泉)寺村と称されましたが、…
続きを読む →台東区東上野は、江戸時代初期は葦萱茂る沼地が開拓され”黒鍬者(くろくわもの、戦国・江戸期の土木作業者)”拝領地・下谷黒鍬町でした。後に下谷山崎町から唐十郎の戯曲で知られる下谷万年町となり、江戸時代から大正期頃までは近隣の…
続きを読む →台東区西浅草には東本願寺を始め多くの寺院や、調理・厨房用品・食器等の専門店街である合羽橋(かっぱばし)道具街があります。かつては国際通り沿いに、昭和初期~末期まで通り名の由来となった松竹歌劇団(SKD)の本拠地で東京を代…
続きを読む →浅草は、都内最古の寺である金龍山浅草寺の門前町として古くから栄えた街。江戸時代には多くの武士・商人や文人墨客などが浅草に集まって江戸文化を育んできました。明治になって六区画(一時期は七区画)の浅草公園となって、六区は劇場…
続きを読む →江戸時代から閑静な屋敷町で、明治には今も旧宅址(子規庵)が残る正岡子規などの多くの文士等が住んでいた台東区根岸。震災や戦災を免れた古い町並みも残るこの街にも、老舗の飲食店や和菓子店なども複数存在しています。 1856年創…
続きを読む →浅草は、都内最古の寺である金龍山浅草寺の門前町として古くから栄えた街。江戸時代には多くの武士・商人や文人墨客などが浅草に集まって江戸文化を育んできました。明治になって六区画(一時期は七区画)の浅草公園となって、六区は劇場…
続きを読む →浅草は、都内最古の寺である金龍山浅草寺の門前町として古くから栄えた街。江戸時代には多くの武士・商人や文人墨客などが浅草に集まって江戸文化を育んできました。明治になって六区画(一時期は七区画)の浅草公園となって、六区は劇場…
続きを読む →浅草は、都内最古の寺である金龍山浅草寺の門前町として古くから栄えた街。江戸時代には多くの武士・商人や文人墨客などが浅草に集まって江戸文化を育んできました。明治になって六区画(一時期は七区画)の浅草公園となって、六区は劇場…
続きを読む →台東区柳橋は、隅田川に注ぐ神田川の最下流部に掛かる柳橋に由来します。河畔には江戸時代中期から舟遊び客の舟宿が多く、料理屋等も建ち並んで花街として賑わいをみせた街。明治期には新興の新橋花街(中央区銀座)と共に“柳新二橋”と…
続きを読む →浅草は、都内最古の寺である金龍山浅草寺の門前町として古くから栄えた街。江戸時代には多くの武士・商人や文人墨客などが浅草に集まって江戸文化を育んできました。明治になって六区画(一時期は七区画)の浅草公園となって、六区は劇場…
続きを読む →浅草は、都内最古の寺である金龍山浅草寺の門前町として古くから栄えた街。江戸時代には多くの武士・商人や文人墨客などが浅草に集まって江戸文化を育んできました。明治になって六区画(一時期は七区画)の浅草公園となって、六区は劇場…
続きを読む →浅草は、都内最古の寺である金龍山浅草寺の門前町として古くから栄えた街。江戸時代には多くの武士・商人や文人墨客などが浅草に集まって江戸文化を育んできました。明治になって六区画(一時期は七区画)の浅草公園となって、六区は劇場…
続きを読む →隅田川に合流する神田川に架かる最下流から2番目の橋(最下流は柳橋)の浅草橋に由来する台東区浅草橋。江戸時代には浅草橋南詰に江戸城浅草門が築かれ、橋上は日光・奥州街道が通って通行人で賑わっていました。また、江戸時代から雛人…
続きを読む →台東区東上野は、江戸時代初期は葦萱茂る沼地が開拓され”黒鍬者(くろくわもの、戦国・江戸期の土木作業者)”拝領地・下谷黒鍬町でした。後に下谷山崎町から唐十郎の戯曲で知られる下谷万年町となり、江戸時代…
続きを読む →谷根千とは、地理的に隣接する谷中(台東区)・根津(文京区)・千駄木(文京区)の頭文字を繋げて3地域を一体的に捉えた造語。1984年(昭和59年)~2009年(平成21年)に刊行されていた『地域雑誌 谷中・根津・千駄木』に…
続きを読む →旧下谷区は現在の台東区上野地区を中心として、江戸時代には商人の町として栄えた地域。1947年 (昭和22年)に旧浅草区と合併して台東区の西半分となりました。下谷の地名は上野台地(忍ケ岡)等の高台の下であることが由来します…
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